『音のない世界での挑戦』

社会福祉学部 地域社会と福祉実践メジャー 田岡 大知 さん

徳島県立城西高等学校出身。四国学院大学硬式野球部。世界ろう野球選手権大会日本代表候補※。
※新型コロナウイルスの影響により、世界大会(2020年8月)は中止となりました。よって正式な日本代表選手は未決定ですが、田岡さんは代表選考基準をクリアしています。

高校卒業後、田岡さんが選んだのは大学で野球を続けることでした。大学野球を続けていく中で出会ったろう野球。いろいろなことに気付かされ、考えさせられながら見つけた新たな目標を話してくれました。

 

野球を始めたきっかけを教えてください。

――小学生のときに、先輩と一緒にキャッチボールをしていて、ボールを投げることが楽しくて、野球を始めました。父も野球をしていたので、自然と野球をするようになりました。小学校1年生までは、ろう学校に通っていましたが、野球部がなかったので、野球をするために、一般の学校へ転校しました。

野球をしてきた中で心に残っている出来事は?

――高校3年生の県総体で、当時ドラフト候補だった相手チームのピッチャーからヒットを打ったことです。延長10回、タイブレーク。4打席目、2カウントに追い込まれた状態から決勝タイムリーツーベースを放ちました。その結果、高校初の準優勝に貢献することができました。高校3年間で、一番うれしかった瞬間です。高校卒業後は就職するつもりでしたが、当時の野球部の監督に「高校野球で終わるのはもったいない。上を目指して大学で野球をしなさい。」と言われました。辞めると決めていましたが、野球をしていたから今の自分があるのに、ここで辞めたら何が残るのかと悩みました。両親も野球を続けることを応援してくれ、納得のいくまで続けようと決心しました。大学での野球は高校野球とは全く違います。大学では自主練習が基本なので、自分に足りないものは何かを理解し、それを伸ばすための練習メニューを考えます。高校までの「指導者の指示で動く」ことよりも、自主性に重点を置く野球になります。

ろう野球を始めたきっかけや、どのような競技なのかを教えてください。

――昨年、日本ろう野球協会の方から連絡をいただきました。ろう野球のことは全く知りませんでしたが、ろう野球経験者の中から、僕を見つけて、選んでくれたのだから、期待を裏切らないようにという気持ちで挑戦することにしました。3月の日本代表選考会に参加し、代表選考基準をクリアしました。今年の8月に韓国で世界大会が開催される予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で中止に。現在は、来年の世界大会に向けて練習に励んでいます。チームには、足が速い選手、キレのいい変化球を投げる選手がいて、レベルの高さを感じています。ろう硬式野球は聴覚障害のある人だけがプレーする競技で、硬式野球とルールは同じです。聴覚障害は個人差が大きく、全く聞こえない人、小さな音が聞こえない人、片耳だけが聞こえない人など症状はさまざまです。普通なら、野球は、声を出してプレーしますが、ろう野球では、声だけでは伝わらないので、手話、ジェスチャー、口話などを使います。でも、うまく聞き取れず、どのようにプレーするのか分からないときがあります。大切なのは、とにかく「コミュニケーションをとること」です。分からないときは、何度も何度も繰り返し聞いたり、全身でジェスチャーをしたり、伝えようという気持ちを前に出していきます。

野球を通して自分の成長を感じますか?

――野球も自分自身も成長したと実感するときが多いです。僕は人口内耳を外せば音は全く聞こえません。コミュニケーションがとれず、チームメートと喧嘩になったり、失敗が怖くて、思いっきりプレーができなくなったり…練習に身が入らない時期もありました。うまくいかないときは、障害を言い訳にしていたかもしれません。それでも僕が野球を辞めなかったのは「苦労するから成長するんだ。失敗から、いろいろなことに気づかされ、学ぶことができる。失敗するたびに成長する」という父の言葉があったからです。障害があっても野球が上手な人はたくさんいます。むしろ障害のない人よりできることもたくさんあります。僕が野球をすることで、それを証明しようと思っています。夢はろう野球の世界大会で優勝すること!今まで心配をかけてきた両親に野球で結果を残して恩返ししたいです。

 


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