【共同研究】社会学部片山昭彦教授が産総研、地元企業と「膝サポーターが歩行を“整える”ことを実証」
膝サポーターが歩行を“整える”ことを実証
ポイント
・膝サポーター着用の効果を評価
・早歩きの際に低下する歩行の対称性が、膝サポーターの着用により改善
・早歩き時の歩行の質を高め、転倒リスクを低減する可能性を示唆
膝サポーターの着用が歩行の対称性に与える効果を実証 *:有意差あり(単純主効果)
※原論文の一部の図を引用・改変したものを使用。
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)健康医工学研究部門 運動生理学・バイオメカニクス研究グループ 藤本 雅大 研究グループ長、稲井 卓真 研究員、土田 和可子 研究員、工藤 将馬 研究員は、香川シームレス株式会社 金地 晃司 専務、株式会社コヤマ・システム 佐野 弘実 代表取締役社長、一般社団法人香川県運動推進協会 安部 武矩 代表、四国学院大学社会学部 片山 昭彦 教授らとの共同研究において、膝サポーターの着用による「歩行の対称性」向上の有無を検証しました。
膝サポーターは高齢者の歩行機能の改善に有用とされていますが、その効果を客観的に示す検証データは不足しています。われわれは健常な高齢者の歩行を計測し、膝サポーターが歩行の対称性に及ぼす効果を評価しました。膝サポーターを着用せずに早歩きをすると、歩行の対称性(身体前後方向の腰部加速度から算出)が損なわれました。一方、膝サポーターを着用すると、対称性が向上する(歩行が整う)ことが明らかになりました。歩行の対称性と転倒リスクの間には関連性があり、高齢者では特に早歩きの際の転倒リスクの増大が報告されています。本研究結果から、膝サポーターは早歩きの際の転倒リスクを低減するのに有用である可能性が示唆されました。
なお、この研究の詳細は、2024年7月17日に「Frontiers in Bioengineering and Biotechnology」に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
研究の社会的背景
健康寿命の延伸において、高齢者の歩行能力の維持・向上は重要な課題です。膝サポーターは、日常生活から臨床現場に至るまで、膝に関する問題や悩みを抱える高齢者に広く使用されています。膝サポーターの着用により、膝の痛みの軽減や歩行機能の改善など、主に変形性膝関節症や前十字靭帯損傷などの関節疾患や受傷経験のある膝に対する効果が報告されています。しかし、健康な膝においては、歩行に対する効果と有用性を示す客観的な裏付けが乏しいのが現状でした。
研究の経緯
産総研健康医工学研究部門は、産総研の総合力を発揮するべく複数の研究領域で構成する次世代ヘルスケアサービス研究ラボに参画して、モーションキャプチャー装置や小型センサーを活用し、医療や介護・福祉の現場で利用されるヘルスケア製品・サービスの検証データを取得するなど、高齢化が進む社会における課題解決に取り組んでいます。
本研究は、健康状態の改善を実現するための研究開発を行う観点から、社会で有用性が広く認知されている膝サポーターが歩行に及ぼす効果を検証・評価することを目的として実施しました。
研究の内容
われわれは、産総研四国センターが保有する身体動作の計測設備・評価技術群の総称である「身体動作解析産業プラットフォーム」を活用し、健常な高齢者の歩行を計測・評価して、膝サポーターの着用効果を検証しました(図1)。
図1 身体動作解析産業プラットフォーム(産総研四国センター)による身体動作の計測と評価
実験では、健常な高齢者16名を対象に、光学式モーションキャプチャー装置と慣性計測装置(Inertial Measurement Unit、IMU)を用いて、歩行中の身体の位置座標、腰部および足部の加速度を計測しました。参加者には、快適な速度(快適速度)とできる限り早い速度(早歩き)の条件で歩行してもらいました。参加者は、裸足で約15 mの直線路を5往復しました。腰部に貼付したIMUから得られる加速度のデータから、歩行の対称性を示す指標であるImproved Harmonic Ratio(iHR)を算出し、膝サポーター非着用時の結果と両膝着用時の結果の比較により、膝サポーター着用の効果を検証しました。なお、実験は所内倫理委員会の承認を得たうえで実施しました。参加者は、実験前に書面と口頭による説明を受け、同意したうえで実験に参加しました。
実験の結果、早歩きの際に膝サポーター非着用の場合、快適速度での歩行時と比較して身体前後方向のiHRが低い値を示しました(図2)。これは、歩行の対称性の低下を示しています。一方、早歩きの際に膝サポーターを着用すると、非着用時と比較して身体前後方向のiHRは高い値を示しました(図2)。これらの結果から、早歩きの際には快適速度での歩行時に比べて歩行の対称性が低下すること、そして膝サポーターを着用することで、その対称性が向上することが明らかになりました。
図2 歩行の対称性(iHR)の結果
膝サポーター非着用時と着用時のそれぞれにおいて、快適速度と早歩きでのiHRを算出した。
*:有意差あり(単純主効果)
※原論文の一部の図を引用・改変したものを使用(ライセンス:CC BY 4.0)。
歩行の対称性と転倒リスクの間には関連性があり、転倒リスクの高い人は歩行の対称性が低いことが報告されています。つまり、早歩きの際の歩行の対称性の低下は、転倒リスクの増大と関連する可能性があります。実際に、高齢者では特に早歩きの際に転倒リスクが高まることが報告されています。少子高齢化が世界規模で進行する中、要介護者になる主要な原因の一つである「転倒」の予防は、生活の質(QOL)を維持・向上し、ウェルビーイングを実現するための世界共通の課題です。本研究の結果は、早歩きの際に膝サポーターが歩行を整え、転倒リスクを低減するのに有用である可能性を示唆しています。
今後の予定
本研究の成果は、膝サポーターが歩行の質、特に歩行の対称性の向上をもたらすことを示す科学的根拠を提供するものです。産総研は、今後もヘルスケア製品・サービスの検証データの取得を進め、人の身体・運動機能の維持・改善に資する科学的知見の獲得とそれらのヘルスケア産業への応用を通じて、健康かつ質の高い生活の実現に繋げていきます。
論文情報
掲載誌:Frontiers in Bioengineering and Biotechnology
論文タイトル:Knee sleeves improve gait symmetry during fast walking in older adults
著者:Takuma Inai, Shoma Kudo, Wakako Tsuchida, Masahiro Fujimoto
DOI:10.3389/fbioe.2024.1394314
支援元:香川県「AI等先端技術活用型研究開発支援事業」(2022年度~2023年度)
用語解説
光学式モーションキャプチャー装置
対象物に貼付した反射マーカーを複数の赤外線カメラで追跡し、人間や物体の動きをデジタルデータとして記録する技術。映画・アニメ・ゲームなどの制作現場だけでなく、医療・リハビリテーション・スポーツなどの研究分野においても広く活用されている。
慣性計測装置(Inertial Measurement Unit、IMU)
3次元空間での慣性運動を検出する慣性計測ユニット。主に3軸加速度センサーと3軸ジャイロセンサーを内蔵し、対象の並進・回転運動を計測する。
Improved Harmonic Ratio(iHR)
歩行の対称性を表す指標であるHarmonic Ratioの信頼性を高めた指標。年齢、転倒リスク、認知機能の異なる集団や脳神経疾患患者と健常者などの歩行を分類する指標として、その有用性が示されている。
一歩行周期中の加速度波形をフーリエ変換することで奇数次と偶数次の高調波成分に分解し、左右対称な歩行運動により本質的に生じる高調波成分(身体前後方向の加速度の場合は偶数次高調波成分、後述)のパワーの合計を、それ以外の高調波成分とのパワーの合計に対する割合としてパーセントで表したもの。完全に対称な歩行では100%を示す。
一歩行周期は、左足あるいは右足の踵接地から次の同側の踵接地までの周期のことで、左足と右足のそれぞれ一歩を含む。左右対称な歩行では、身体前後方向の加速度波形において同じ加速度波形が2回繰り返す(波が2回上下する)こととなり、それは偶数次高調波成分として出現する。したがって、偶数次高調波成分が左右対称な歩行運動により本質的に生じる高調波成分となり、奇数次の高調波成分がそれ以外の成分となる。
機関情報
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
ブランディング・広報部 報道室 hodo-ml@aist.go.jp
四国学院大学
リエゾン・センター liaison@sg-u.ac.jp