このメジャーでは、日本および世界の人々に関わる事象を時間軸と空間軸の中で考察します。
常に新しく書き換えられるもの、それが歴史。これまで平面的でしかなかった地図が様々なデータによって立体的に見えてくるもの、それが地理。カリキュラムは自分なりの研究を重ねられるよう組み立てられ、史料・データを読み取る力や研究をまとめあげる構想力などを養ってゆきます。
ここで培われた歴史・地理を見る眼は、きっと将来どんな仕事を就いても活かされるでしょう。
時間の流れである歴史と、空間の違いを思い知らされる地理と。それらは一見相反する事象のようでありながら、重ね合わせてみると、その先には人間の営みが如実に浮かび上がってくるという力を持ちます。そうした歴史学・地理学メジャーの科目で日本史を担当するのが、速水教授。慎重に、言葉を選びながら語り始めてくれました。
「歴史学は、史料を読むことから始まります。私たちは過去を直接に見聞きすることはできません。でも、過去を「今」として生きた人々が書きのこした日記や掟や帳簿から、過去に接近することはできます。まず史料のつぶやきに耳を傾けましょう。史料が語る様々なつぶやきは、次の一歩に踏み出す私たちに、多くの手助けを与えてくれます」。
地理学にも、地域を読みこむ視点が必要となってきます。そこには、重層的・立体的な考え方が求められるということです。
「一言で言うと、“人文地理”という考え方でしょうか。“自分たちの今”がどう作られているのか、あるいはこれからどう変えようとしているのか。“今”を、たとえば人口や経済、自然環境など重ねたところで地域的に考えていく。そこには、見えているものだけではない姿が立ち上がってくると思うんです。それを知ることが、スタートです」
資料と私の応答の中に楽しさをみつける、それが歴史学・地理学メジャーと言えるかも知れません。
「歴史は、すでにできあがってるものではないんです。歴史は今作られています……二つの意味で。一つは、今私たちが生きている時、それ自体が歴史の現場であるということ。もう一つは、“今ここにいる私”が過去を見直すことで、歴史は更新されていくという意味です。たとえば私たちは日本は平安、鎌倉、室町と歴史が進んできたという見方で時代を区分しています。でも、これは政権の変遷を中心とした、1つの見方にすぎません。例えば、子どもという存在に社会はどう関わってきたのか、あるいは、超越的な存在についてどう考えてきたのかなどに焦点を合わせると、別の時代区分が必要となるでしょう。さらに今ある国境にとらわれない歴史像も可能です」。
物事の解決に、様々な視点を与える学び。それは何だか、それだけで面白そうだと感じました。
必要か否かは別にして、現代社会の中には膨大な質量の情報が流れています。重要なのは、そこから何を選択するかということ。歴史学・地理学メジャーの肝も、まさにそこではないかと感じます。
「何が事実なのかを、のこされた文書や絵から徹底的に探るのが歴史研究にとっての要です。しかし、事実は1つではない。人が自分の人生を語れば、語る人の数だけ、その人固有の事実があることもみえてきます」
今ある価値観、あるいは見えてる姿がすべてではないということ。
世界中でとんでもない事件が起きる今の世はどうなのか問うと、「たとえ、今が荒野のように見えたとしても、地表の下では、発芽を待っている種が必ずあることを歴史の経験は示しています。またそのことに気がつく人となりたいと思います。今、地面の下にどのような種があり、それがいつ芽を出すのかを、過去の経験から考えるのも、歴史を学ぶ楽しさの1つです」。
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