学生活動

『人との出会い、コミュニケーションの大切さ』

社会学部 情報加工学メジャー 2018年度卒業 佐々木直人 さん
期間:2017年9月1日~9月23日
場所:フィリピン シリマン大学
活動内容:インテンシブ・イングリッシュ・プログラム

今回の研修に参加しようと思ったきっかけは何ですか。

――担当の中澤先生にお世話になっていて、誘われたことがきっかけです。元々英語が好きという訳ではなかったので、行く前はとても不安でした。そのため、研修前は英語の単語を書いて覚える、ということをしていました。

授業の中で印象的だったことは何ですか。

――コミュニケーションをとる授業が多かったです。日本の授業のように先生が一方的に話すだけではなくて、円になって一人ひとり発言するという形式でした。みんなが発言しないといけないので、嫌でも話さなければいけません。僕も頑張って英語で喋っていたんですけど、なかなか難しかったです。先生はフレンドリーで、すごく優しかったです。メインで担当してくれていたのは6人ぐらいで、僕が特に英語が苦手だったのでそのあたりも理解してくれていました。他の人に話している時は何を言っているか分からないのに、自分の時だけ簡単な英語で分かるように話してくれたり、それぞれの学生のレベルに合わせて接してくれました。

研修に参加して、大変だったことは何ですか。

――参加していたのは、英語に興味がある子や英語メジャー、観光学メジャー、学校教育メジャーの学生が多かったです。将来外国人の方と関わったり、教員として英語を学ぼうとしている人たちの中で、自分は英語に関係する職業に就こうと思っていなかったので、英語での会話はけっこう大変でした。最初の一週間は言いたいことを話せないし何を言っているのか分からなかったんですけど、二週間目からは耳が慣れてきたのか単語も聞き取れるようになって喋れないなりにもコミュニケーションが取れるようになりました。

今年度から始まったバディ制度はどうでしたか。

――自分が英語が苦手だということを中澤先生が理解してくれていたからか、教え方が上手いバディを僕につけてくれていました。伝え方や教え方が上手で、日本語も少し知っているバディだったので、僕が分からない時にすぐ日本語の単語で伝えてくれました。すごく分かりやすく教えてくれたので、バディがいてくれて本当によかったと思います。

授業以外の時間は、どんなことをして過ごしていましたか。

――平日の金曜日は日本と同じでご飯に行ったり、土日はイベントとか買い物に行ったりしていました。シリマン大学の学生は土日は来ないんですけど、僕のバディは土日も来てくれて、ほぼ毎日会っていました。フィリピンの日曜市やショッピングモール、海、プールなど色んなところを紹介してくれて、すごく楽しかったです。

寮生活はどうでしたか。

――他のみんなは仲良いグループとかで参加してたんですけど、僕は一人で参加していました。寮は、男子は二人部屋と四人部屋とに分かれていて、僕は四人部屋でした。僕の場合、教えてもらわないとやっていけないので、みんなに通訳みたいなことをしてもらったりして、学年関係なく全員と仲良くなれました。最初は知り合いがいなくて不安だったんですけど、みんなと仲良くなれて良かったです。

フィリピンでの生活はどうでしたか。


――生活では慣れない部分も多かったので、余計日本のありがたみが分かりました。水道水が飲めないとか、風呂がないとか、水関係で驚くことが多かったです。プールに行った時の水も、口には入れないように気をつけていました。食生活は、僕には合わなかったです。でも、バナナはとても美味しかったです。バナナはいつでも気にせず食べられるし、すごく安かったです。日本のバナナとは違って大きいですし、一房に十本ぐらい生っていて、フィリピンではバナナをめちゃくちゃ食べました。あと、チキンもすごく美味しかったです。飲食店では肉料理が多くて、野菜が少なかったです。

研修に参加して、自分の中で何か変化はありましたか。

――僕は、人生の中で海外に行くつもりは全くありませんでした。一回ぐらいハワイに行けたらいいかな、という思いはあったんですけど、興味がなかったんです。この研修のためにパスポートを作って初めて海外旅行に行ってみて、着いた瞬間全く景色が違っていました。景色が良いとか悪いとかではなくて、世界観も日本とは違うし、日本が平和すぎて自分が平和ボケしていたことも分かって、見たくないものも見たりしたんですけど、色んな人がいて楽しくて、本当に良い勉強になりました。自分でもうまくまとめられないんですけど、ものの価値観とか人生観が変わったと思います。

今回の経験を通して、自分が成長したと思うのはどんなところですか。


――やっぱり、コミュニケーション能力はすごく身についたと思います。僕は、フィリピンでジムに通っていました。治安の問題もあって、学校終わりに遠くに遊びに行ったり夜遊びができる訳でもなかったので、学校が終わって宿題するだけという高校生のような生活でした。僕はそれがすごく嫌で、慣れない場所だし、英語が話せないというストレスも最初はあったので、寮から徒歩1分くらいのフィットネスクラブに毎日通っていました。自分で月パスを買ってジムに通うようになって、最初はやっぱり外国人とは体つきが全然違うので日本人が来たという目で見られていたんですけど、一人だと集中できるし黙々とやっていると、だんだん慣れてきてコミュニケーションをとるようになりました。大学の側だし、日本人以外の学生も来ていたので、すぐにシリマン大学に来ている留学生だということが分かったのか話しかけてくれて、仲良くなりました。僕もめちゃくちゃ英語が喋れるという訳ではないので、軽くコミュニケーションをとりながらトレーニング方法を教えてもらって仲良くなりました。フィリピンの場合、ジムに行った時と帰る時にグータッチをしていたので、そういうスキンシップを通しても仲良くなりました。特に仲良くなったのはオーナーさんで、ジムに来ていた人で十人ぐらいとはコミュニケーションがとれたと思います。学校の授業よりも、ジムの方がすごく楽しかったです。それをバディの子も分かってくれていて、ジムの時間に合わせてくれていました。ジムに行っていたのは僕だけだと思います。ストレス発散にすごく良かったです。

新しい発見や学びはありましたか。

――テロの警戒レベルが向かい側の島が赤で、自分のところは黄色でした。日本では考えられないことがあるんだろうなと思っていたんですけど、自分がちゃんとしていれば大丈夫でしたし、良い人もいっぱいいたので、行ってみないと分からないなと思いました。

最初、海外旅行には興味がなかったということですが、行ってみて変わりましたか。

――他にどんなものがあるんだろう、と他の国にも行ってみたいと思うようになりました。大学生で定番なのは韓国とかグアムだと思うんですけど、せっかくなら変わったところに行ってみたいです。たとえば、バリとかカナダとか行ってみたいです。バリは友達が行ったことがあって良かったと聞いていますし、カナダには友達が留学しているので興味があります。

これからの将来にどう活かしていきたいですか。

――小さいことを考えずにもう少し大きいことで物事を考えたいと思うようになりました。他に参加していたみんなは英語をそのまま将来につなげることを考えていると思うんですけど、僕は社会学部の情報加工メジャーを専攻していて、将来は営業関係の仕事を考えています。僕は工業高校出身なんですけど、卒業生はほとんどが工場に就職します。でも、同じことを繰り返したり、じっとしているのは自分には向いてないなと思っていました。毎日変化があって、人と関われたり、違うことをしたかったので、大学で色んな情報を得て色んなことを知りたいと思い、情報加工学メジャーを専攻しました。それに、営業に必要な情報発信をするノウハウを田尾先生に教えてもらいたいと思ったのも理由です。営業で英語をメインで使うことはないと思うんですけど、もしそういう機会があったら活かしたいと思います。一番は、今回の研修で学んだ誰とでも仲良くなれるコミュニケーションを将来につなげたいです。あと、せっかく仲良くなったジムの仲間と英語で喋れなかったのが悔しかったので、もっと英語が喋りたいと思うようになりました。

海外での英語研修を考えている後輩へのアドバイスやメッセージなどあればお願いします。


――自分みたいなタイプはなかなかいないと思うんですけど、行こうと思えば誰でも行けます、ということは伝えたいです。英語に自信がない僕でも、なんとかコミュニケーションがとれて、友達もできて、行って良かったと思えました。日本のありがたみが分かったり、ものの価値観とか人との出会いとか、すごく良かったです。英語を学ぶために一緒に行ったメンバーと得たものは違うかもしれないんですけど、自分は人との出会いが大きかったです。僕でもなんとか行けたので、ちょっとでも興味があれば行けると思います!

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*シリマン大学(フィリピン)
シリマン大学は、本学の学術交流協定校です。シリマン大学があるドゥマゲテは、学生の街といわれるだけあって、賑やかで活気のある場所です。留学生は、日本だけではなく、世界各国から集まっています。
*インテンシブ・イングリッシュ・プログラム(フィリピン)
夏休みを利用したフィリピンでの短期語学研修のための授業で、本学の姉妹校であるシリマン大学などで英語を3週間集中的に学習する短期英語研修プログラム。全学年対象の授業科目として2016年度より実施しています。このプログラムは、フィリピンへの旅費・宿泊費および研修授業料については、大学からの全額補助がありました。

『小説を通して』

社会学部 情報加工学メジャー 文学マイナー 2019年度卒業 宮地天雅くん
活動内容:第53回香川菊池寛賞奨励賞受賞 作品名『しゅどうと宮里』

執筆活動をはじめたきっかけは何ですか。

――元々本を読むのが好きな方ではなかったんですが、兄弟に誘われて、中学校の時にケータイ小説を書いてみたのが始まりです。その頃は、そもそも小説とは何かも分からないままに書いていたので、ただ会話分を並べているだけの、台本に近い小説にはなっていないものでした。それでも、ケータイ小説はずっと書き続けていました。高校では文芸部に入ろうと思っていたんですけど、中学から引き続いて柔道部に入ることになって、小説はあまり書けていませんでした。でも、人として成長できたのは柔道部に入ったからだと思うので、後悔はしていません。本格的に小説を書き始めたのは、大学に入ってからです。

本学の情報加工学メジャー、文学マイナーで学んだことが執筆にも活かされましたか。

――大学では、文学を勉強したいという思いと情報加工学メジャーでインタレストの発刊に関わりたいという思いがありました。編集部での経験が後々小説にも活かされてくるのでは、という考えがあったからです。情報加工学メジャーは実践的で、僕の考え方とも合っていました。文学の授業で取り扱うのは、僕が書くジャンルとは違う近代文学で言葉の使い方が違ったりしたので、ためになりました。情報加工学や文学について、自分がやりたいことを選んで学べるので、すごく賢く学べているのかなと思います。

今回香川菊池寛賞奨励賞を受賞した時の思いを教えてください。

――受賞の連絡をいただいた時は、本当にびっくりしました。もちろん全力で頑張って賞をとる気で応募はしていたんですが、とれないのが普通だと思っていたので。でも、賞がとれたら嬉しいなと思っていたので、本当によかったです。

受賞作『しゅどうと宮里』への思いを教えてください。

――今回の作品は、僕が書きましたけど、恵まれた環境で育って、人にも恵まれて、そのおかげでできた作品だと思っています。病院の先生方、高校の先生、多くの人にお世話になりました。障害をテーマにした作品は、簡単に書けるものではありませんが、障害を持っている僕だからこそ書ける作品だったのではないかと思います。僕自身、障害を持っている人とどう接したらいいのか分かりません。苦手だなとか関わりづらいなと思うのはあたりまえのことだと思います。でも、普通に接してくれたらなと思います。ただ、付き合いが長い人には分かってもらえることが多いので、初対面の人に対してもいつも通りに喋って「何言ってるのか分からない」と言われた時はショックを受けます。そういう時は喋り方に気をつけたり、言い回しを変えたりするんですが、僕自身は喋れているつもりなのに伝わらないので、頭が真っ白になることもあります。でも、僕自身が障害を持って生まれて、今の環境で育ってこなければ今回の作品は生まれなかったと思います。

将来の目標を教えてください。

――小説は、誰でも書けると思います。上手い・下手、本になる・ならないは関係なく、ネット小説など誰でも書ける世の中です。その誰でも書ける世の中で、限られている小説で食べていける人間になりたいと僕は思っています。そのぐらいの強い気持ちで、これからも小説を書いていきたいと思います。それに、今回この賞をいただいたこともありますし、地元香川県を盛り上げていけたらいいなと思います。

小説を書きたい・書くことに興味がある後輩へ、アドバイスやメッセージがあればお願いします。


――小説は、途中で投げ出さずに書ききることが大事だと思います。書ききった時の開放感はとんでもないです。小説を書きたいなら、「本を読むこと」「書くこと」です。活字離れと言われている時代で、ツイッターなどのSNSで活字を読んだ気になるのではなくて、本になっている質の高い文章を読むことで、文章力も上がってくると思います。
まぁ、僕は本よりもマンガばかり読んでいるので偉そうなことは言えないですけどね(笑)

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香川県菊池寛賞
高松市出身の作家、菊池寛(1888~1948年)を顕彰し、新人発掘と地元の文化振興を目的としている。
宮地くんが受賞したのは、第53回香川菊池寛賞奨励賞。
◆『しゅどうと宮里』は、『文藝もず』第19号に掲載されています。

『英会話をすること』

文学部 英語メジャー 2019年度卒業 茨木 芹奈さん
期間:2017年9月1日~9月23日
場所:フィリピン シリマン大学
活動内容:インテンシブ・イングリッシュ・プログラム

参加しようと思ったきっかけは何ですか。

――高校生の頃、オーストラリアに1週間行ったことがありました。その時に自分の英語が全然伝わらなかったことがショックで心残りだったので、もう一度海外に行きたいと思っていました。フィリピンの研修があることを知って、去年行った先輩からも話を聞いて、行きやすいし、英語も喋れるなら挑戦してみたいと思い、参加しました。小さい頃から英語は好きで、小学校3年の頃から英語を習っていて得意教科でもあったので、英語力を伸ばしていきたいと感じていました。海外で英語を使ってみたいと思ったのが高校生の時に海外に行ったきっかけでした。でも、外国の人はネイティブのため、日本人の英語と違いとても速いので、聞きとれず心残りがありました。そういった経験もあり、今回はちゃんと英会話をすることと、自分の思いをしっかりと伝えたいということを目標に参加しました。

事前準備は何をしましたか。

――知らない単語が多かったので、単語をノートに書いたり、中学校英語の見直しをしたりして勉強しました。文化などについては、フィリピンに行った事のある日本人のブログを見たりして、何が必要かとか、その体験を読んでいました。そのおかげで、必要なものは準備できました。先輩からウェットティッシュは絶対要ると聞いていたので、持って行きました。友達はトランクの半分くらい入れて持って行ったんですけど、全部使い切っていました。食事の時やお手洗いの際など、細かく使用することが多かったです。寮には虫がけっこういたので、虫除けスプレーも持って行ってよかったです。

具体的にどんなことをしましたか。


――シリマン大学では、1時間の授業が3コマあって、その後に英語メジャーとその他のメジャーに分かれました。英語メジャーでは、中学校の授業体験をして、他のメジャーは高校の授業体験をしたり、日本の文化を教えたりしました。私は中学校の授業に出ていたんですけど、取り上げられている内容が「人生の問題」であったりしたので、全然知らない単語が出て分からないことが多かったです。それでも、優しく声をかけてくれました。内容は何となくは理解できていたんですけど、友達に質問されてもなんとなくしか答えられなかったのでちゃんとは伝えられなかったです。日本語にはない英語があるので、翻訳するのが大変でした。
授業は、「スピーキング」が多くて、発表する機会が多かったです。その中で、「10項目質問を考え、シリマン大学の人に誰でもいいからインタビューする」という課題がありました。10項目考えるのは大変だったんですけど、どうやって学校に来てるのかとか、どんな音楽が好きかとか、趣味など、その人のことをどれだけ知れるかという質問を考えました。単語が分からないものも、スペルを上手に教えてくれたりして本当に優しかったです。この課題がきっかけで、いろんな人と関わる事ができたので良かったです。今回から「バディ制度」が導入されたんですけど、バディ以外の人と話す良い機会になりました。最初はインタビューするのに慣れなくて、声をかける人を選んでいました。でも、一回いけたらすごく優しくしてくれたので、あとはスムーズに声をかけることができました。
最後の授業では、自分達で日本の文化について発表しました。たとえば、お箸の持ち方やアニメ文化、日本のおすすめのお店などを紹介しました。フィリピンには雪が降らないので、雪やスキーについて興味を持ってもらえました。発表の時、やっぱり自分の国のことをちゃんと知っていないと伝えられないので、もっと日本のことも勉強しないといけないなと感じました。

授業以外ではどんなことをして過ごしていましたか。

――放課後はバディに勉強を教えてもらったり、一緒にご飯を食べに行ったり、探検したりしました。授業の後にバディと過ごすのが一番楽しかったです。バディの子は年下なんですけど話しやすくて、放課後一時間の予定だったのに長く居てくれたり、すごく親切にしてもらいました。一対一の時もあったんですけど、だいたい友達連れで他のバディや同じ学生の子たちと一緒にいました。図書館で勉強してたんですけど、図書館に行くまでにその日のことを話したり、バディが用意してくれたテキストを使って言葉の練習をしたりしていました。
毎週金曜日の夜にフライデーズ・フライデーというお祭りがあって、そこにみんなで行って色んなものを食べたり、音楽を聴いたりとけっこう楽しみました。フィリピン料理のレチョンという豚の丸焼きが美味しかったんですけど、見た目が衝撃的でした。

日本とフィリピンの文化の違いをどんなところで感じましたか。

――ストリートチルドレンがいることです。日本にもホームレスはいますけど、通行人に擦り寄ってきたりはしないイメージがあります。でも、フィリピンでは子どもが多くて食べ物を食べていたら「ちょうだい」と声をかけてきます。変に優しくしたらもっと寄ってきてしまうし、かといって無視するのも心が痛くて、色々な葛藤がすごくありました。
また、フィリピンでは目が合ったりすると笑ってくれたり、ウインクしてくれたり、話しかけてくれることが多かったです。日本ではあまりないフレンドリーなところにすごく人の優しさを感じました。だからこそ、課題のインタビューの時も必死に話を理解しようとしてくれて、人柄がよかったです。

食文化にはすぐに慣れました。でも、お米の違いには慣れるのに時間がかかりました。フィリピンはタイ米といって、平べったくてさらさらしているお米なのでお箸ではなくスプーンかフォークで食べます。食べてみたかったのが、バロットというヒヨコの孵化する前の卵です。でも、見た時に衝撃的過ぎて食べられなかったです。日本にはない変わった食べ物だなと感じました。日本の料理は調理されていて原型が分からないものが多いと思うんですけど、フィリピンではレチョンやバロットのように豚や鳥などの食材がまるまる残ってたりするので、見た目が衝撃的なものが多かったです。これも文化の違いだなと感じました。

研修中、大変だったことは何ですか。


――フィリピンでは日本語が通じないので、全部英語ということに苦労しました。英語の勉強をしていても、言いたいことをすべて伝えきれなくて、最初の一週間は長く感じました。
でも、人にも環境にも慣れてきた二週間目からは早く感じるようになって、最後の日まで毎日楽しくてあっという間でした。英語に慣れてきた頃に日本に帰らなければいけなかったので、少し残念でした。三週間の研修で英語に触れて自信もついたので、日本に帰ってからも感覚を忘れないようになるべく英語に触れるようにしています。

研修に参加してよかったことは何ですか。

――友達が増えたことです。寮生活だったということもあり、一緒に行った四国学院大学の友達とも距離が縮まったし、シリマン大学でもバディを通して友達の輪が広がりました。フィリピンでできた友達とは、日本に帰ってからもSNSで連絡を取ったりしています。

今回の研修で、目標は達成できましたか。

――はい。今回は、書くことよりも話すことをメインに考えていました。フィリピンはクリアな発音だったので、すごく聞きやすい英語でした。この単語こういう使い方するんだとか、会話のフレーズもこうやって使えば柔らかくなるんだ、とより実践的に英語を学ぶことができました。けっこう崩しても伝わるものは伝わるんだな、と勉強になりました。なにより、英語が話しやすくなりました。最初は単語が分からなくて辞書で調べて話したりしていて大変だったんですけど、だんだんと日本語を考えるよりも先に英語でなんとなく話せるようになっていました。

今回の経験をこれからの将来にどう活かしていきたいですか。

――高校の時に行ってから英語を話すことに抵抗があったんですけど、今回の研修で喋れるようになってまた海外に行ってみたいと思うようになりました。今度観光で行く海外旅行の計画もスムーズに立てることができました。海外旅行に対する抵抗もなくなりましたし、将来仕事をする時も英語はどこでも使えるものなのでそういう面では有利になったかなと思います。日本で困っている外国人を見かけても助けられるようにもなりますし、2020年にはオリンピックもあって外国人観光客が増えると思うのでちょうど良かったかなと思います。

海外での英語研修を考えている後輩へのアドバイスやメッセージなどあればお願いします。


――まず、フィリピンは安いというのがあって、物価も安いのでお金を使わないから行きやすいです。それに、フィリピンは訛りがないので聞き取りやすく、英語が苦手な友達も最終日には英語で話していました。ちょっとでも興味があるなら、是非参加して欲しいです。
それに、英語だけじゃなくて、文化の違いについてもすごく勉強になるので、是非参加してください!


 

*シリマン大学(フィリピン)
シリマン大学は、本学の学術交流協定校です。シリマン大学があるドゥマゲテは、学生の街といわれるだけあって、賑やかで活気のある場所です。留学生は、日本だけではなく、世界各国から集まっています。
*インテンシブ・イングリッシュ・プログラム(フィリピン)
夏休みを利用したフィリピンでの短期語学研修のための授業で、本学の姉妹校であるシリマン大学などで英語を3週間集中的に学習する短期英語研修プログラム。全学年対象の授業科目として2016年度より実施しています。このプログラムは、フィリピンへの旅費・宿泊費および研修授業料については、大学からの全額補助がありました。

『異文化を知ること』

社会学部 観光学メジャー 2019年度卒業 川田美里さん
期間:2017年9月1日~9月23日
場所:フィリピン シリマン大学
活動内容:インテンシブ・イングリッシュ・プログラム

参加しようと思ったきっかけは何ですか。

――外国に行きたいという思いがずっとありました。外国の授業は他にもあったんですけど、今回のフィリピン(インテンシブ・イングリッシュ・プログラム)はお金も大学が補助してくれるし、授業としての単位ももらえます。それに、去年参加していた先輩から色々な話を聞いて行ってみたいなと思っていたので、今回参加を決めました。

事前準備は何をしましたか。

――授業の中で、食文化やストリートチルドレンなど、フィリピンの食文化や生活の文化についてまとめました。私のグループは食文化について調べました。フィリピンは豚や鳥、牛の肉も食べるんですけど、シリマン大学には宗教上肉を食べられない人もいるので、そういう人たちのための料理を置いていることを知りました。

実際にフィリピンに行ってみて、どうでしたか。


――最初は、ご飯が違うので、それが慣れなくてあまり食べられなかったです。フィリピンにも米はあるんですけど、日本の米と違ってパサパサで、味はなくて冷えていました。味付けも独特で、全体的に甘かったです。水は飲まない方がいい、と言われていて、いつもペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいました。事前に調べていたフィリピン料理は意外とありませんでした。フィリピンで美味しかった料理は、レチョンという食べ物です。レチョンは、お祝いやパーティーの時に食べる鳥や豚の丸焼きです。豚は塩味で、鳥は甘辛煮のような味付けですごく美味しかったです。
事前にフィリピンからの留学生の子が説明してくれたことは役に立ちました。食事の時はフォークとスプーンを使うことや、ペディカブという乗り物に乗ると便利だとか、それにどれだけのお金を払えばいいかとか、気候についても教えてくれました。行った時は日差しが強くて、気温は30度ぐらいでした。雨季だと聞いていてたしかに雨は多かったんですけど、日本の梅雨と違ってジメジメはしてなかったです。

具体的にシリマン大学ではどんなことをしましたか。


――先生によって違うんですけど、基本的には、読み・書き・話すということをしていました。1日3コマで、月・火・木が同じ授業でした。授業はこちらに合わせてくれて9時スタートでした。先生の中には、シリマン大学の学生を呼んで授業をする先生もいたので、授業の中で友達もできました。あるテーマについてシリマン大学の学生にインタビューする、ということもしました。最初は知らない人に声をかけることにすごく抵抗があってなかなか行けなかったんですけど、一回やってみたら慣れました。この授業では、合計で10人くらいの人にインタビューしました。インタビューする内容は自分で考えて、名前や出身地、Facebookや連絡先、なぜこの大学にしたのかとか、日本について何か知っていることはあるか、ドゥマゲテのおすすめの場所はどこか、など色々聞きました。みんな優しくて、いいよと普通に答えてくれました。他に、チームやペアで協力してあるテーマについてまとめて発表する、ということもしました。最後に発表したテーマは日本についてで、東京や京都、香川とか、それぞれの土地にどういう特色があるのかを調べて発表しました。
今年から、四国学院大学の学生1人に、シリマン大学の学生1人のバディがつくようになりました。バディの子は3週間同じで、四国学院大学の学生とバディとのグループで宿題を一緒にしたり、ご飯を食べに行ったり、遊んだりしました。シリマンZOOに連れて行ってもらったんですけど、日本の動物園とは違ってジャングルみたいな場所で、鹿やワニ、ヘビ、鳥、コウモリなどの動物がいました。ドゥマゲテの半分以上がシリマン大学の土地で、その中でけっこう生活できました。観光は限られたところしか行ってないんですけど、ベル・タワーという教会の塔やマーケットに行きました。教会ではマリア像に花を添えていて、友達も日曜日は教会に行っているという話を聞きました。みんなフレンドリーなのですごく楽しかったです。

フィリピンでの寮生活はどうでしたか。

――私は4人部屋でした。毎日みんなで夜遅くまで起きて話したりして、楽しかったです。最初はお風呂に入る順番とか、洗濯も洗濯機がないので手洗いだったりして、共同生活なので色々あったんですけど、何か思ったら言い方を考えてちゃんと伝えるとか、自分なりに気分転換するとか、少しの気遣いをみんながすることで楽しく過ごすことができました。私は初めての海外旅行だったので、みんながいてくれなかったらすごく寂しかったと思います。他の部屋の子たちとも仲が良かったので、友達がいてくれたのは大きかったです。フィリピンに行く前は少し壁があるかなと思っていた子とも仲良くなれて、友達の輪がすごく広がりました。

実際に学びたかったことを学ぶことはできましたか。


――フィリピンでの目標は、英語力の向上とフィリピンでの友達を作ることでした。英語はちょっと自信ないんですけど、友達はけっこうできたと思います。コミュニケーションはすべて英語でした。フィリピンの人が頑張って聞き取ってくれたので、片言の英語でもなんとかコミュニケーションがとれました。
新しいことを学んだというよりも、自分が知っていた単語がすぐに出てくるようになったのは大きいと思います。今でも思うのは、英語を聞き取ることや理解はできるんですけど、自分の言いたいことが言えないことが多かったです。でも、わざわざ難しい言い回しをしなくても、知っている簡単な単語で自分の言いたいことを伝えられるようになったと思います。

新しい発見や学びはありましたか。

――英語について、というよりも文化の違いがすごく分かりました。日本で当たり前のことが当たり前ではなかったです。時間や決め事にルーズだったり、ドゥマゲテの道路には信号機がなくて交差点も入り組んでいて渡る時は自分で車を止めないといけなかったり、学校や店の前には絶対に警察がいて銃を持っていたり、日本とは違う生活文化に驚きました。

自分の中で何か変化はありましたか。

――ずっと海外に行きたいと思っていて、今も海外に行ってみたいという思いがあるんですけど、その理由が今回の研修に参加して変わりました。以前は観光目的で海外に行きたいと思っていたんですけど、今はどんな生活をしているのかを知りたいと思うようになって、別のことに興味を持つようになりました。観光学メジャーで「異文化理解」の授業があるので、今回の経験とつなげることができるかなと思います。でも、生活文化の違いは受け入れることはできたんですけど、やっぱりストリートチルドレンを目の当たりにするとショックで心が痛みました。

参加してよかったことは何ですか。

――日本で聞いたり書いたりして勉強するだけの英語ではなくて、実際に色んな人と英語で喋れたというのは大きいです。それに、ストリートチルドレンを見てショックだったんですけど、そういう現実があるということを実際に見て知ることができたのはよかったなと思います。

今回の経験をこれからの将来にどう活かしていきたいですか。

――まだ就職とかは決めてないですけど、どの職業に就くにしても英語はできた方がいいかなと思うので、英語に触れる仕事をしてみたいなと思います。それに、今のうちでも就職してからでも、行ける時に海外に行きたいと思います。アジアでも英語を喋れたら通じると思うので、シンガポールなど近くの国にも行ってみたいです。そのためにも、これからもっと単語を知っていきたいなと思います。

海外での英語研修を考えている後輩へのアドバイスやメッセージなどあればお願いします。


――少しでも海外に興味があるんだったら、行ってみた方がいいと思います。最初はしんどいとか思うかもしれないですけど、みんな優しくしてくれるし、こちらの片言の英語にも耳を傾けてくれます。下手なりにも頑張って喋っているうちに自分が使いやすい英語が見つかるし、コミュニケーションはなんとかなります。日本ではできないような経験ができて、本当に楽しかったです。


 

*シリマン大学(フィリピン)
シリマン大学は、本学の学術交流協定校です。シリマン大学があるドゥマゲテは、学生の街といわれるだけあって、賑やかで活気のある場所です。留学生は、日本だけではなく、世界各国から集まっています。
*インテンシブ・イングリッシュ・プログラム(フィリピン)
夏休みを利用したフィリピンでの短期語学研修のための授業で、本学の姉妹校であるシリマン大学などで英語を3週間集中的に学習する短期英語研修プログラム。全学年対象の授業科目として2016年度より実施しています。このプログラムは、フィリピンへの旅費・宿泊費および研修授業料については、大学からの全額補助がありました。

『気軽にチャペルへ♪』

社会福祉学部 子ども福祉メジャー 2019年度卒業 山本桃子さん
サークル:ハンドベル・クワイア、KGK一粒の麦

ハンドベル・クワイアに入ろうと思ったきっかけは何ですか。

――元々高校でゴスペルをしていたので、大学でもゴスペルをしたいなと思っていました。オープンキャンパスに行った時に、聖歌隊とハンドベルが同じブースでやっていたので、歌わせてもらった後にハンドベルを初めて触らせていただきました。中・高は教会の中にある学校に通っていたんですけど、教会にあったトーンチャイムに似た鳴らし方で、鳴らしてみたらすごく楽しくて、その時に「入学したらハンドベルに入ります!」と先輩に宣言しました。入学して、ハンドベル・クワイアに入ってみると、新入生は私一人でした。すごく歓迎してくれて、今も先輩方がいっぱい声をかけてくれて楽しいです。

実際にハンドベル・クワイアに入ってみて、どうでしたか。


――鳴らし方にコツが必要で、普通に鳴らしただけでは響かなくて難しかったんですけど、すごく楽しいです。全員で合わせた時、音が重なって綺麗に演奏ができた時の嬉しさやみんなで「やったね!」という気持ちになるのが楽しいです。ミュージックベルというカラフルなベルがあるんですけど、それとハンドベルが一緒にされることが多いです。ミュージックベルは幼稚園の発表会で使われたりしていて軽いんですけど、ハンドベルは重くて、教会の鐘というイメージがあります。そのため、ハンドベルは腕の力が必要で、演奏していると筋肉がピクピクしたりします。
メンバーは全員先輩なんですけど、先輩後輩関係なく一緒に話をしてくれたりして、その雰囲気の中で演奏が成功した時の嬉しさは言葉になりません。

具体的にサークル活動はどんなことをしていますか。


――活動日は基本的に月・水・金の週3日で、時間は17時~19時です。本番が近い時は時間を延ばしたり、練習日が増えたりします。スケジュールを調整してくれるので、すごくやりやすいです。部員は7人と少ないですが、少数だからこそ合わせやすい面もあります。楽譜を配られた最初の時は、自分で慣れるために個人練習をします。元々ベルが3.5オクターブまでの音域しかないので、その音域で演奏できる楽譜を選びます。パート分けでは、音の数も全部数えてお互いが鳴らしやすい音で分けています。みんなが同じくらいの音の数になるように割り振っています。一般的には、1人3~4個のベルを担当するんですけど、人数が少ないので担当する個数は多くなります。去年、担当したベルの数が一番多かったのは6個です。部長の西村さんは1曲で11~12本ぐらいベルを並べて演奏していて、すごいなぁと思いました。ハンドベル用の楽譜は讃美歌が多いんですけど、最近はディズニーなどの曲もわりと出てきています。讃美歌は、聴いたことのある曲がたくさんあったり、楽譜にも色んな種類があるのでその違いも楽しいです。
私が1年生の時は、ハンドベル・クワイアを立ち上げてくれた笠井さん(卒業生)がずっと部長で楽譜選びとかパート分けとかを全部してくださってたんですけど、引退されてからは部員全員で楽譜選びとパート分けをしています。笠井さんがYoutubeやFacebookなどのアカウントを作成して色んなところに上げてくださっていて、皆さんに知ってもらえるきっかけになっています。

サークル活動のやりがいはどんなところで感じますか。

――演奏の依頼があって、頑張って練習して演奏がうまくいった時にハンドベルをやっていてよかったなと思います。最近は、スーパーのイートインコーナーでのお祭りのプログラムで演奏させていただいたり、坂出のライオンズクラブの会に招待してもらって演奏したりしています。演奏依頼があった先で「よかったよ」とか「ありがとう」と声をかけてくれるのがすごく嬉しくて、頑張ってよかったなと思います。また、Facebookに演奏動画を上げた時、「綺麗な音ですね。コンサート見に行きました。よかったです」などのコメントがあった時も、すごく嬉しいです。

好きな曲や思い出の曲はありますか。

――讃美歌は響きが綺麗でもちろん大好きなんですけど、ディズニーの曲が一番好きです。『アラジン』や『美女と野獣』が好きで、劇団四季でアラジンをやっている時に頑張ってメドレーを練習したことがあります。それがすごく楽しくて、お気に入りです。好きな曲は、練習するのも楽しいです。

サークル活動を通じて自分が成長したと思うことはありますか。

――先輩と関わったりするので、年上の方とうまく関われるようになりましたし、人と合わせて演奏するので協調性が身につきました。みんなで一緒に協力して物事ができることが楽しいと思えるようにもなりました。力を合わせて一生懸命演奏して、演奏のために練習を頑張れば達成感もあって、やってよかったなと思えます。それに、音楽が昔から好きで小さい頃からピアノや歌をしていたので、大学に入っても音楽に触れられて楽しいです。

KGK一粒の麦での活動はどんなことをしていますか。

――みんなで聖書を読んで、先生に解説してもらって、感想を言い合ったりします。山口先生が聖書の話をしてくれたり、善通寺バプテスト教会の牧師の方や非常勤講師の先生といった色んな先生がお話をしてくれます。私は、聖書でイエス様が弟子や民衆に色々な例え話をするところが好きです。例え話で神様の愛を伝えるんですけど、その例え話ひとつひとつが面白くて、物語みたいです。教会でキャンプをする時、イエス様の例え話を学ぶんですけど、子どもでも分かりやすい例え話がたくさんあって好きです。普通のKGKは聖書を読んで感想を言ったりして、もっと深く研究していくんですけど、ここでは学生が聖書を開いたことがあまりないので、山口先生や色んな先生が解説してくださって、聖書からどんなことを思ったのかをみんなで分かち合います。聖書の感想を言い合う時、自分の経験からの聖書の感想だけでなく、先生の経験からの感想も聞けます。先生の体験や話がすごく面白くて、いつも楽しみにしています。それに、先生だけでなく、聖書に触れたことがない人の視点からの感想も聞けるので、すごく勉強になります。自分だけで終わらない、というのがいいです。あまり読んだことがない箇所も先生が解説してくださるので分かりやすくて、聖書の面白さを改めて感じられます。先生も先輩も後輩も同年代の子も色んな幅の方がいるんですけど、全然話したこともない先生とでも話ができるのが楽しくて、すごく励みになる時間です。

クリスチャンになったきっかけを教えてください。

――2歳か3歳くらいの時、私が癇癪持ちだったこともあり、母に連れられて初めて教会に行きました。教会は、私を優しく受け入れてくれました。周りの人たちが「大丈夫だよ」とすごく可愛がってくださって、気がついたら教会に行くのが当たり前になっていました。小学校からも近くて、教会で英会話教室もしていたので、ほとんど教会に行っていました。
私がクリスチャンになったのは、小学校6年生の時です。うちの教会では、小さい頃から教会に通っている子は、小学校6年生くらいから聖書の学びを本格的にします。小学校の時、色々と悩みがあったんですけど、教会の人は優しくて、祈ってもらったりする中で「神様って本当にすごいなぁ」と気持ちが楽になったことがあって、もっと神様と一緒に歩みたいと思い、洗礼を受けました。洗礼を受けて、中学生になってからは、新しく教会に来た人と積極的に挨拶したり、話したりして関わるようになりました。洗礼を受けると気持ちも新しくなって、何か神様のためにできることがあるならしたいなと思うようになりました。

本学はキリスト教主義の大学ですが、入学してみてどうですか。

――高校生までは、キリスト教を教えるフリースクールに通っていたので、周りがほとんどクリスチャンでした。毎朝礼拝があって、聖書の時間も週に2回ありました。四国学院大学はキリスト教の大学なんですけど、クリスチャンではない人がほとんどです。キリスト教徒は少ないと教会で聞いてたんですけど、こんなにも少ないのか、と衝撃を受けました。でも、クリスチャンであることを言っても、あまり批判されないんだなということも分かりました。今まではクリスチャンが完全にいない場所ではクリスチャンであることを言えなかったんですけど、大学ではキリスト教の活動もいっぱいあるのでクリスチャンであることを言っても周りが受け入れてくれます。キリスト教強調週間やクリスマス・プロジェクトなどで、分かりやすくキリスト教に触れられるのでいいなと思います。ハンドベルをしているので、「今度チャペルで演奏があるから来て」と気軽に友達をチャペルに誘えるのも嬉しいです。建物としてある教会だったら、教会に行ったことがない人からしたら抵抗があるみたいですけど、大学だと礼拝堂が学内にあるので行きやすいし、1年生の時にチャペルに参加する機会があるのでいいなと思います。

1年生で「キリスト教概論」の科目がありますが、教会との違いなど、何か感じたことはありますか。

――私が受けた「キリスト教概論」は、あまり聖書を開かずに、キリスト教の歴史を中心に講義が進められました。教会では、聖書から神様の愛や私たちの罪について教わります。「キリスト教概論」では、私たちに罪はあるけれど神様の愛のおかげで罪が赦された、という基本的なことから、全体の歴史を教えてくれました。イエス様が生まれたところやユダヤについてなど、キリスト教に関する歴史をグラフで見ることはなかったので、クリスチャンの私でも新しく覚えることがけっこうありました。「キリスト教概論」という授業は、四国学院大学でないと受けられなかったと思うので、すごく面白かったです。1年生で入学してすぐにキリスト教のことを学べるのはすごくいいなと思いました。それに、毎日礼拝があるのもいいなと思います。

教会での経験など、将来にどのように活かしていきたいですか。

――教会学校では、教師ではないんですけど、准教師のような形で子どもと関わらせてもらっています。教会にはいっぱい子どもが来るので、関わっていくうちに子どもたちが可愛くて、将来は子どもと関わる仕事がしたいなと思うようになりました。教会の人も私が子ども好きということを分かってくれているので、キャンプの「聖書の世界に飛び込もう!」という企画に関わらせてもらって、すごく勉強になります。準備は大変ですけど、子どもたちが一生懸命やってくれているのを見ると嬉しいです。

クリスチャンCCに興味のある後輩へアドバイスやメッセージがあればお願いします。

山本桃子さん
――ハンドベルはすごく綺麗な楽器で、演奏のしがいがすごくあります。頑張れば頑張るほどどんどん綺麗な音色になっていきます。それに、チャペルの先輩たちはみんな優しい人ばかりで、良い環境なので、ハンドベルとかチャペルの活動とか色んなイベントに来て欲しいなと思います。チャペルって周りの人から見ると入りづらいとは思うんですけど、入ったら誰かがいて話ができるのも楽しいですし、周りの人も温かいですし、それをもっと知ってもらえたらなと思います。


KGK一粒の麦
ハンドベル・クワイア
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『地域での観光を考える』

社会学部 観光学メジャー 2017年度卒業 木内芽衣香さん
場所:綾川町、琴平町
活動内容:地域観光に関わる活動、ボランティア

綾川町シティプロモーションのためのワークショップでは、どのようなことをしましたか。

――話し合いは2回あって、1回2時間程度でした。事前に資料をもらって、「今回はこういったやり方で話し合いをするので、これで話し合いしてください」と言われました。参加者としては18~30人ぐらいで、一つの机に5人程度のグループでの話し合いでした。1回目の話し合いの時には、「綾川町を発展させるのに、今自分がほしいものって何?」というテーマで、グループのみんなで綾川町のいいところや綾川町にほしいことを集めて、机に貼った紙に書き込んでいきました。1回目の話し合いで出た意見は、役場の方が集約してくれて、次回の話し合いの時に「前回の意見をまとめた参考資料」として、それをもとに次は「綾川町で笑顔になれるイベントは何かないか」というテーマで行いました。その場で意見を出す事が多かったです。綾川町のいいところとして実際に出てきたのは、高松や丸亀にも車で40分でいける交通の便がいいところ、綾川町の山方面では田んぼなど自然がたくさんあって農業ができて、町の方へいけばイオンもあるし、住みやすい町なのではないか、などの意見が出ていました。綾川町の土地で、空いているところがあるので、そこに何があればいいかという話もありました。公園は欲しいけど不審者問題をどうにかしてほしい、というのとサイクリングなどのアウトドアを増やしてほしいという意見がありました。いいところだけではなく、悪いところについても意見がありました。元々田んぼが多いので、食物に影響を与えないために外灯が少ないんです。綾川イオンがあるので明るいと思われているんですけど、イオンの裏は外灯がひとつもなくて真っ暗になります。また、綾川イオンができたことで交通量が増えて人身事故も増えているので、歩道橋を作って欲しいという意見もありました。役場の方は、住みたいと思っている方を全面的にサポートしたいという思いがあるようでした。

木内さん自身は、どのような意見を出しましたか。

――私は、2回目の話し合いの時、1回目の時に同じグループだった役場で働いていた元観光課の方が、せっかく四国学院大学と綾川町が提携を結んでいるのだから、もっと学生を利用したいと言っていたので、2回目の話し合いの時に「学生と協力できるイベントを立ち上げたい」という意見を出しました。綾川町には農業高校があって色々と物を作っているという話を聞いたことがあったので、四国学院大学の学生や農業高校の学生を利用した、農業に関するイベントをしてもいいのではないかと思いました。
綾川町に道の駅があるんですけど、売っているものは農協と変わらない野菜メインで、トラックの運転手の方の休憩場所として使われているだけでほぼ人が来ていません。土地がもったいないので、道の駅をリノベーションして、建物をきれいにして人が集まれる場所を作ればいいのでは、という意見を出しました。道の駅を利用して、子どもが遊べる場所と親が見守れる場所が作れれば、住んでいる人が笑顔になれる町になるのではないかと思いました。綾川町はうどんを発祥した最初の土地だということを売りにしていて、うどんの建物があるんですけど、全然人が来なくて活用されていないので、そこで学生に何かしてもらえたらいいなと役場の方に言われました。野菜や米粉などを売っているので、販売促進のためにも、建物を利用してカフェなどを併設してはどうかと提案しました。カフェだと若者も、住んでいる人も集まって話ができるし、地元の新鮮な野菜も買えるので、けっこう利用できるかなと思いました。

新しい発見や学びはありましたか。

――衝撃を受けたのは、1回目の話し合い時の実際に住んでいる方の意見でした。私は、観光学を専攻しているので、「観光をメインで発展させるにはどうしたらよいか」をずっと考えていました。でも、子どもがいる奥さんの「綾川町には子どもが遊べる場所がない」という意見を聞いて、そういう場所も必要なんだと考えるようになりました。外から人を呼ぶ観光だけではなくて、住んでいる人が住みやすい場所にすることも必要だと感じました。この意見でグループ内では話をしていたので、住んでいる人が笑顔だったら、外の人も絶対に来るはずだから、住んでいる人が住みやすい町にすればいいのではないかという結論になりました。

琴平町での金比羅ボランティアはどうでしたか。

――授業で行う琴平の金比羅ボランティアでは、歌舞伎公演に屋外のスタッフとして関わります。毎年、松竹の方々が、歴史のある歌舞伎座で2週間歌舞伎公演を行います。去年は片岡愛之助さんが来ていました。観光地のスタッフの経験や、お客さんと接することでコミュニケーション能力が向上し、接客のスキルも身につけられます。それに、2週間で2単位もらえるのも大きいです。でも、単位を抜きにしても、すごくいい経験になりました。去年から参加したんですけど、歌舞伎については何も知らなかったのでたくさん勉強しました。お客さんからストーリーについてよく聞かれるので、話ができるように勉強をしているうちに歌舞伎の面白さに興味を持ちました。屋外でのボランティアなので歌舞伎自体を観ることはできないんですけど、お客さんが出た後の清掃をして解散した時に、役場の方の案内で歌舞伎座内の珍しいところまで行くことができました。その時、歌舞伎座の内部を研究している方が丁度その場にいたので、歌舞伎座についての説明を受けることができました。歌舞伎座の天井は竹でできているんですけど、そこを歩かせてもらったり、愛之助さんの楽屋前まで行かせてもらったりもして、けっこう面白かったです。観光課の方ならではの話もたくさん聞けて楽しかったです。

琴平町でのワークショップにも参加したということですが、綾川町との違いはどういうところで感じましたか。

――琴平町での話し合いに参加した時は、綾川町とはまたやり方が違っていて、すごく勉強になりました。琴平町の時は、みんなが円になって座り、「こういうイベントがやりたい」という意見をそれぞれ紙に書いて、他の人に伝えます。意見を聞いた他の人は、興味のある人のところにいき、話を聞く、というやり方でした。歌舞伎役者さんの手形をいただいて飾る、余った土地を公園にする、金比羅街道を購入した会社から、どういったものを建てるか、などの意見があげられました。こちらでも最近の若者事情について聞かれて、若者はフェイスブックやインスタグラムなどSNSでの写真映えなどを重視することを話しました。大人はお土産が第一優先になるとのことで、そこが盲点となっているようでした。琴平町はボランティアで参加していることもあって繋がりがあるため、より積極的に話し合いに参加しました。琴平町は観光をメインに話し合いをしていたので、観光学の授業と通じるものがありました。授業で学んだことを踏まえて、産地の野菜を活用したり、お土産よりも食べ物を用意した方がお客さんは来るのではないか、という話をしました。琴平町には歌舞伎座もあり、松竹の方もよく来られるため、外から人を呼ぶ素材があって、それをフルに利用しようという考えがありましたが、綾川町にはそれがなかったので、話し合いの内容が全く違いました。場所によってこんなにも違いがあるのか、と感じました。
 綾川町と琴平町では会議のやり方が全然違っていたので戸惑いもあったんですけど、新しい考えを知ることができて、どちらも楽しかったです。

地域での活動に参加して、何か変化はありましたか。

――観光学メジャーでずっと先生から言われていたのは、「外から人を呼べるようなものを作りなさい」ということでした。琴平町の歌舞伎のボランティアの際は、金比羅が観光地のため、外からという意識が強かったです。そのため、綾川町の「内側からの意識」は新しい考え方で衝撃を受けました。今までは、外からだと意識していて「中から変えていく」という発想がなかったので、新しい発想に触れて視野が広がりました。実際に参加してみないと気づけないことが多くありました。話し合いに参加して感じたのは、みんないろんな考え方があって、綾川町を発展させるための意見一つにしても、仕事柄や、住んでいる方の考え方だけでも違い、観光学だけじゃないなと感じました。色んな意見が聞けて、楽しかったです。学生でこんな経験はなかなかできないと思うので、参加できてよかったです。

今回の地域活動の経験を通して、もし四国学院大学をPRするとしたら、どういう点を宣伝しますか。

――施設でいえば、広い芝生です。4年間ずっといて思ったのは、メジャー制度なので学部学科関係なく仲良くなれるところです。色んな人と仲良くなれて、学部学科の壁が存在しないので、そこはけっこう嬉しいです。他大学の友達に聞いたら、学部によって人との関わりも隔離されてしまう部分があるようなので、それだったら四国学院大学の方が自由で広々としていてのんびりできるかなと思います。観光学メジャーとして推したいのは、金比羅ボランティアができることです!

これからの将来にどう活かしていきたいですか。

――もし公務員になって観光課で働くとか、旅行会社で働く、となれば、私はすでに地域の方の意見を知っているので、発信していけると思います。今は幅広く就職活動をしているんですが、観光が関係ない職種でも、観光に関わりたいという気持ちがあります。将来的に、自分も観光とは言わずに何かできることはないかなと考えています。もし香川に就職したとしたら、歌舞伎のボランティアは続けていきたいと思っています。

地域での活動やボランティアに興味がある後輩へアドバイスやメッセージがあればお願いします。

木内芽衣香さん
――参加できる機会があれば、じゃんじゃんやるべきだと思います。私も、好奇心から全部やってきたんですけど、やって後悔したことはありません。それに、やったことで身になることもありますし、アルバイトとかでは経験できない、お客さんとの関わりやコミュニケーションが身につきました。観光学としてボランティアに行くので、観光としてこれはどういうことなんだろうと自分から考えるようになりますし、身近にスタッフさんがいるので話を聞かせてもらって、すぐに学ぶことができます。絶対経験すべきだと思います。それぞれの場所によってやり方や考え方は違っているので、地域で実際の現場を見ることで授業で学んだ知識だけに偏らずに広い視野を持つことができます。チャレンジが大事ですよ!

『楽しんだもん勝ち』

社会学部 情報加工学メジャー 2019年度卒業 金井昇くん
サークル:ダンス部(広報)

ダンス部に入ったきっかけは何ですか。

――イベントCとかのオリエンテーション期間でダンス部のショーを見て、かっこいいなと思っていました。他にも大学で宗教委員としての仕事があるのでサークル活動は厳しいかなと思っていたんですけど、なんとか両立できそうになったことと、友達が入りたいと言っていたので、ダンス部に入りました。

ダンス部のサークル内容を教えてください。

――17時から19時が活動時間で、19時から21時は体育館が空くので自主練をしています。全体練習をして、そこから各ジャンルに分かれて練習、という方法をとっています。今は6ジャンルあって、ジャンルごとに分かれて1年生も一緒に練習しています。イベントとかで全体曲を合わせる時は、全体練習の時間もとっています。動画を撮って欲しかったら誰か呼んでお願いしたり、意見を言ってもらったり、見せ合いとかもします。イベント前になると、各ジャンルが踊って、他のジャンルがそれを見て意見を言ったりします。けっこうみんなリスペクトし合っていて、切磋琢磨しながら楽しくサークル活動をしています。

ダンス部ではどんなことを担当していますか。


僕は、2016年の11月頃から広報を担当しています。新しくTwitterアカウントやFacebookアカウント、YouTubeアカウントを作成して、動画を上げたり、イベント情報を流したりしています。もう一人同期の子とやってるんですけど、広報はメインでやらせてもらっています。アップする時には、写真の加工もしています。体験入部の部員がいる時は、まだ正式入部ではないのでモザイクをかけて配慮しています。写真加工や動画撮影はiPhoneでしています。けっこう画質も良いし、何でもできるので助かっています。
最近は、ダンス部としてイベントに出る機会が多くなってきました。大学側に依頼が来て参加させてもらったり、自分たちのつながりで参加したりしています。一回イベントに参加すると、そこでつながりができて、また別のイベントを紹介してくれたりします。そのつながりで、去年あたりから色んなイベントに参加させてもらっているので、場数を踏めてすごく嬉しいです。

広報する上で気をつけていることは何ですか。

――言葉遣いと、見やすいように行を変えたり、絵文字をつけたりしています。それに、元々商業科にいたということもあってパソコンが好きなので、編集作業も楽しくやらせてもらっています。ダンス部は、一曲まるまる使ったりせずに使いたい部分だけを切り取ったりするので、曲の編集もしています。最近はiPhone で色々できるんですけど、すごく便利なのが、エアドロップという機能です。動画の画質を落とさずにiPhone同士だったら送ることができるんです。ダンスの動画を交換する時に、画質がきれいなまま送れるので、ダンス部ではけっこう使っています。スマホをいじったり、こういう機能を調べたりするのも好きなので、知ったことはダンス部での活動にも役に立てています。

どんなイベントに参加していますか。


――学内でのメインイベントは、大学祭を最終地点にしています。そこで、3年生の先輩は引退します。大学祭に向けて色んなイベントに参加して、場数を踏んで、いいものを見せたいと思っています。学外のイベントでは、善通寺祭りやまるがめ婆娑羅まつりなど、地域のイベントが多いです。坂出の自動車学校さんのイベントにも出させてもらったことがあります。その時、オファーしてくれた人がまた「坂出駅でのイベントにも出てくれないか」と声をかけてくれたて、ボランティアにも参加させてもらいました。部員はほとんど全員参加で、活発に活動しています。自分たちが出たいと思うイベントがあったら、自分から声をかけて、出させてくださいとお願いして参加させてもらうこともあります。そういう時は深夜練があったりして、夜遅くまで練習しています。今ではスケジュール帳がイベントでどんどん埋まっていきます。イベントに向けての練習が終わると、みんな一皮剥けた感じがあって、イベントをする前とした後では全然違います。周りも自分も、成長しているなと感じます。

ダンス部に入ってよかったことは何ですか。


――ダンスに出会えたことで、毎日がすごく楽しくなりました。曲の聴き方も変わったし、この曲はこういう感じで踊れるなと思うようになったり、曲を聴いただけで体が動くようになりました。そういった意味では、すごく楽しい趣味に出会えました。去年は自分のことで必死だったんですけど、今年1年生が入ってからは教える立場になって、やりがいだけでなく教えがいもあって楽しみが増えました。やっぱり、イベントとかで踊った時が一番楽しいんですけど、練習の時にふと過去の動画を見直して、その時より今の方がうまくなっていると実感した時はすごく嬉しいです。やっぱり、イベントとかに行って踊ったりすることで広がっていくコミュニケーションもあります。ダンス部つながりで、香川大学の友達もできました。年上の先輩とも知り合いになって、色んな話が聞けてすごく楽しいです。それに、以前家の近くの酒屋さんに行った時、「もしかしてダンス部のSGクルーの人?」と声をかけられたことがあります。他にも「善通寺祭りに出てたよね?」などと声をかけてもらえるようになって、地域の方にダンス部のことを知ってもらえているのはすごく嬉しいです。ダンス部に入って、すごくコミュニケーションの輪が広がったなと思います。

ダンス部に入って、自分自身に変化はありましたか。

――自分に自信がつきました。入る前は、振りを覚えるのとか苦手だなとか絶対できないだろうなとネガティブだったんですけど、やったらできるんだと思ってからはすごく自信が持てるようになって、人前に出るのも緊張しなくなりました。MCとかも、最初は上がったりしてたんですけど、人前に出たりするうちに慣れてきました。最近は、チャレンジすることがすごく楽しくなっています。ダンス部に入っていなかったら、こんな風にはなっていなかっただろうなと思います。

ダンス部の魅力は何ですか。

――楽しく踊ることができることが魅力だと思います。ダンスは、ただ見ているだけでその人の気持ちが分かることもあって、楽しそうに踊っている姿を見れば楽しくなるし、しんどそうに踊っている人を見れば練習がしんどいのかなと思ったり、その人の生活スタイルもダンスに出たりします。そういった部分では、新入部員に何でダンス部に入ったのかを聞いた時に、「踊っている姿が楽しそうだったから」と言われると、よく見てくれているんだなと嬉しく思います。やっぱり楽しいから続けられます。楽しくなかったら、練習もけっこうしんどいし、続けられないだろうなと思います。楽しいと思えるから、練習とかも苦じゃなくなります。

サークル活動に興味がある後輩へアドバイスやメッセージがあればお願いします。


――自分の性格とかスタイルとか趣味とかファッションとか、けっこう変わったりするんですけど、それが自分に合えば楽しいと思います。だから、楽しいことをやってほしいです。ダンス部に入るか迷っている人によく言うのは、やりたかったらやったらいい、ということです。もし入ってみて、忙しかったり、自分に合ってないなと思えばやめればいいし、自分のやりたいことをやってほしいです。大学に入るとやれることが増えるので、楽しいことをとにかくやってほしいなと思います。楽しんだもん勝ちです。
自分に合う楽しみを見つけてください!


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『つながる出会い、広がる視野』

社会福祉学部 子ども福祉メジャー 2018年度卒業 藤澤汰一くん
期間:2017年5月13日・14日
場所:金蔵寺
活動内容:金蔵寺こどもまつり他

金蔵寺こどもまつりとはどういうものですか。

――金蔵寺まつりは金蔵寺で1年に1回開催されていて、2日間行われます。高校生のスライム作りがあったり、吹奏楽部の演奏があったり、香川短期大学の学生がダンスをしたりして、他にも色々な出店やイベントがありました。僕たち子ども福祉メジャーは、2年生と3年生合わせて15、6人くらいと先生で参加しました。

事前準備は何をしましたか。

――今年の出し物は、ペットボトルの迷路でした。子どもたちがゴールしたら景品を渡す予定で、景品は2年生が授業で作っていました。前日に先生から説明を受けて、当日は3年生が中心となって進めていきました。ペットボトルはこども広場で使っていたものを再利用して、当日朝8時くらいから準備をしました。迷路の範囲はビニールシート1つ分くらいで、それに恐竜の絵を描いたり、水を入れたペットボトルを設置して迷路の道を作っていきました。

金蔵寺こどもまつりで、子どもたちはどんな様子でしたか。


――子どもたちは親子で来ていて、色んなところを回っていました。僕たちの迷路にもめっちゃ来てくれました。何回も繰り返し来てくれる子もいて、100人くらいは来てくれたんじゃないかと思います。2歳くらいから小学校高学年の子どもたちまで、幅広く遊びに来てくれました。ゴールした子には、景品を渡していました。景品は、乾くと木のようになる粘土で作った人形のようなもので、色づけしてストラップにしていました。とても喜んでくれていて、1人で5~6個持っている子もいました。1回じゃんけんで勝って達成して景品を貰える、ということが子どもたちにとって嬉しかったみたいです。自分の子どもの頃もこんな感じだったな、と振り返る機会にもなりました。
迷路の他にも、小さいですけどおもちゃで遊ぶスペースも作っていて、子どもたちと一緒に遊びました。子どもと関わることが好きなので、とても楽しかったです。

何か工夫したことはありますか。


――当日、自分たちで迷路の確認をしていた時に、大きい子たちには簡単すぎるかもしれないということが分かりました。だから、大きい子どもたちの時には僕らが数名間に入ってじゃんけんをして、勝ったら通れるように工夫しました。じゃんけんをして負けたらやり直し、とかそういうのが楽しかったみたいで、大きい子たちはけっこう本気でじゃんけんをしていました。じゃんけんは大きい子だけだったんですけど、大きい子の後ろに並んでいる小さい子も僕たちとじゃんけんをしていました。たぶんじゃんけんもよく分かっていなかったので、僕が勝ったのに先に進んでいたりして、すごく可愛かったです。
また、子どもの動きは予想ができないので、本当に臨機応変に対応していかないといけません。迷路の一部も、実際に見てみて「ここ要るか?」と話し合ってなくしたりもしました。

大学での経験は活かせましたか。

――前日までに聞いていた流れや考えていたことで完璧だなと思っていても、当日になると「これは危ない」と感じるものがありました。たとえば、迷路の幅で外側を小さくしてしまうと、子どもたちがぶつかった時にすぐに倒れてしまって危ないので、外側を大きくしたり、特に角には気をつけました。また、ダンボールにガムテープを巻くことで吸収性を上げたり、固いものはやわらかい素材に変えたりしました。僕ら大人の目線で歩いて大丈夫だろうと思っていたものが、子どもの目線で歩いてみることで危ないなと感じるようになったのは、こども広場での経験から学んだことだと思います。

金蔵寺こどもまつりで、新しい発見や学びはありましたか。

――実習で保育所に行くんですけど、親がいない状態の保育所とはまた違っていました。保育所だと先生にある程度慣れているんですけど、やっぱり一緒にいたらどうしてもお母さんから離れなかったりするので、難しさは感じました。でも、そういう時は「お母さんも一緒にどうぞ」と声をかけて二人で歩いてもらって、景品を渡しました。

他に、子ども福祉メジャーとして外部での活動をしたことはありますか。

――近隣の図書館や施設などに絵本の読み聞かせをしに行ったことがあります。絵本何冊かとペープスアートを持って行きました。布を貼ったりはがしたりすることで話を進めていって、楽しんでもらいます。ペープスアートを作るのは大変なんですけど、歴代の先輩方が作ったものにアレンジを加えたりしながら作成しています。12月と2月に行った時は、「長い長い蛇の話」という絵本でペープスアートを作りました。頭と会った時は子どもなのに、しっぽと会った時はおじいちゃんになっている、本当に長い長い蛇の話でした。最後は蛇を子どもたちの上に上げて触ってもらって、絵本にはない触れられる楽しさというのがあって、子どもたちの反応はすごくよかったです。やっている方も楽しかったです。

活動を通して、自分の中で変化はありましたか。

――最初は、絵本を読むことにめちゃくちゃ抵抗がありました。2年生の時は絵本って難しいなと思っていたんですけど、毎回先生の前で絵本を読む課題があったり、図書館での読み聞かせの経験などもあって、実習先でいきなり絵本を読んでと言われてもすぐに読めるようになりました。やっていてよかったなと思います。子どもと絵本を読んでいると、また違った印象を受けます。その子の感情や反応をみて、こんな内容だったんだとか、こんなあったかい話だったんだ、という発見がありました。それに、以前はただ絵本を見て楽しいだけだったんですけど、今は内容とか顔の表情や風景、色の使い方とかもみるようになりました。自分で絵本を読むのが楽しいな、と感じるようになったことが一番大きいです。

大学での活動が実習等で活かせているな、と感じるのはどんなことですか。

――自分でぱっと考えて動いたり、何かあったら先生に聞いたりすることが現場実習でも役に立っています。子どもとの関わりは、実践でしか分からないこともありますけど、勉強しているからこそ実際に体験して分かることがあるので、そういうことは本当に大切だなと思います。

活動をしていてよかったことは何ですか。


――僕は、学外でもけっこう活動をしています。僕はピア・リーダーをしているんですけど、学内の活動だけじゃ物足りなくなって、学外で活動をしている人に話を聞いて参加するようになりました。活動に参加している人はフットワークが軽い人が多いので、色々なことを教えてもらえます。そこで出会った人に教えてもらった活動に参加して、そこでの出会いがまた次の活動につながっていきます。この1年は本当に休みがないぐらい、イベントに参加しています。
最近は、4泊5日の香川県の「わくわくキャンプ」に参加したり、高松市の「ココカラ★ハウス」という団体の活動に参加したりしています。「ココカラ★ハウス」では、障害者や子どもとか関係なく一軒家でみんなが集まって色々な企画を考えていて、僕はそこで子どもたちと関わっています。子どもたちの対象年齢は決まっていなくて、誰が来てもいいようになっています。イベントでは、小学生が自分たちで地域の新聞記事を書いたり、名刺を作って名刺交換をしたりしています。あとは、大学生や社会人が集まって色々話をしたりしています。この団体を知った最初のきっかけが、HOPEという愛媛県にある団体に参加したことです。そこでは、大学生が2泊3日の合宿を半年間かけて作ります。自分たちで広報をして、施設に連絡して、企画も作って、2泊3日色んなところの大学生を呼んで合宿をします。この合宿がきっかけで色んな人とつながって、他の大学生と話すことで、いっきに視野が広がりました。

様々な活動を通して、学んだことは何ですか。

――やっぱり、自分から動くことですね。そこで周りから評価してくれることを自分ができること、強みとして意識していたら、周りから「変わったね」と言われるようになりました。行動力がついたかな、と思います。だから、もっと四国学院大学にもそういう活動が増えていったらいいと思います。でも、大学となると他の団体の関係とかで流せない情報もあるかな、とも思うので、僕たちが口コミで色んな活動について広めるのが一番だと思います。HOPEという団体に関しては、最初は知っている人は少なかったんですけど、僕がもう一人スタッフとしてピアの子を誘ったことで、今は10人くらい活動に参加しています。自分が大学外でもできることを増やしたら面白いと思うので、他のキャンプとかも誘ったり、その人に合ったイベントを紹介したりしています。

これからの将来にどう活かしていきたいですか。

――入学した時は、保育士になろうと思っていたんですけど、今はNPO法人にも興味があります。将来は、保育士としてではなくても、子どもと関わっていきたいと思っています。専門学校だと保育のことだけで、技術を詰め込むようなかたちになると思います。でも、四国学院大学は、社会福祉概論や心理、カウンセリング、親についてなど、福祉の面から保育する、ということを教えてくれるので、かなり視野が広がりました。大学で学んでいることは、社会に出てからも役に立つと思います。それに、子どもと関わること以外でも、問題点が見えてきたりするので、問題を解決していくNPO法人での活動にも役に立つかなと思います。

学外での活動に興味がある後輩へアドバイスやメッセージがあればお願いします。


――4年間の自由な時間をもっと有効に、自分の楽しいことに注いでほしいなと思います。きっと知らないだけで、いろんなことがあると思います。調べて自分で行く勇気がなかったらやっている人に聞いてみたらいいですし、僕は1年生の後半にやりはじめても「もっと早くやってればよかった」と思ったので、1年生の時からやってみたいことはやってほしいなと思います。そこからびっくりするぐらいどんどん広がっていくので、是非チャレンジしてみてください!


 

金蔵寺こどもまつり
*地域の家「ココカラ★ハウス」
*わくわく交流体験キャンプ
目的:自然と触れ合う機会が少ない小中学生が、郷土の豊かな自然の中で、集団キャンプ生活を営み、自然体験をはじめ、同世代、異世代、地元等との交流を通じて、心の豊かさや、生きる力を培い、香川の次代を担うリーダーを育成すること。
主催:香川県、公益財団法人明治百年記念香川県青少年基金
特別協賛:公益財団法人松平公益会
後援:香川県教育委員会、日本ボーイスカウト香川連盟、青少年育成香川県民会議
NPO法人 四国青年NGO HOPE

『Don’t be shy!』

文学部文学メジャー 2018年度卒業 森岡翔哉くん
期間:2016年8月14日~9月17日
場所:フィリピン
活動内容:フィリピン語学学校(セブ留学)

フィリピンの語学学校に行こうと思ったきっかけは何ですか。

――2年生になる前から、日本語教員をやってみないか、と先生に言われていて、海外でやるなら英語が必要だなと思っていました。母親が自営業で塾をしているんですけど、そこでセブ留学の紹介をしてくれた人がいました。海外で働くという視野もあったので、ちょうどいい機会だと思って、行くことを決めました。

フィリピン語学学校ではどんなことをしましたか。

――韓国人が多い学校でした。でも、韓国人は学生もいるんですけど子どもが多くて、日本人は大人が多かったです。日本人は16人くらいいたんですけど、せっかく海外に行ったんだからと僕は日本人との関わりはできるだけ避けて、先生とよく話をしていました。
留学のコースは、ジェネラルとビジネスがあって、僕はジェネラル(一般)のコースでした。50分授業で10分休憩があって、1日5時間ありました。午前と午後で1時間ずつの休憩があって、ランチブレイクとディナーがあります。ディナーの後には自由参加のフリークラスがあって、仲のいい先生がフリークラスをやっていたので、僕はほとんど参加していました。
授業は、先生との1対1が基本でした。着いてすぐにテストがあって、レベルに応じてテキストが変わったり、先生が変わったりします。朝1番の授業はグループワークで、そこでは色んなレベルの人が5人くらい集まって発音の練習をしていました。グループワークでは、先生が一人ずつあてて「r」の発音の入った単語を言ったり、似ている単語を言ってどちらを言ったかを当てたり、聞き取りの練習などを細かくしていました。発音さえできれば、伝わる英語になります。僕自身使える英語を身につけたかったので、しつこいぐらいに丁寧に教えてくれたのは有難かったです。その後のライティングやリーディング、スピーキングは個人で、先生はどんどん変わっていく、という感じでした。先生は20~30人くらいいて、どんどんローテーションしていくので、授業に飽きることはなかったです。英語の歌を覚えて歌での交流で人の輪が広がって、パーティーも多かったので楽しかったです。学校設立4周年のパーティーや月1で先生や学生みんなで集まって英語を使ったゲームをしたり、本当に楽しくて毎日がお祭りのようでした。

自分自身で、英語の上達は感じられましたか。

――2週間ぐらい経って、感じるようになりました。それまではほとんど分かっていなかったので、とりあえずニコニコ笑っていました。それでも、だんだん慣れてくると、自分の主張を言えるようになりました。事前に英語の勉強もしていなかったので本当にゼロからのスタートだったんですけど、日本人と接触しなかったのがよかったんだと思います。先生にも、「せっかく海外に来たんだから、フィリピンの人とか物に触れた方が自分のためになるよ」と言われました。

フィリピンでは、どんなことをして過ごしていましたか。


――ほとんどフィリピンの先生たちと行動していたんですけど、知識的にも人柄的にもすごくいい先生たちで、全部受け入れてくれました。ボホール島やオスロブに行って、ジンベイザメと泳いだり、世界一小さい猿を見に行ったり、ツアーパックみたいなのにも参加しました。最終週は4連休あったので、仲のよかった先生の故郷ドゥマゲティに行きました。フィリピン人7人くらいと僕とで4日間行動していて、めっちゃ楽しかったです。先生たちから誘ったら先生たちが全部お金を払う、というルールがあったんですけど、フィリピンの月収は日本円にしたら6000円くらいなので、僕らが先生たちを誘って、普段行けないようなところに連れて行ってもらってお金も払うようにしていました。物価が安いのでそんなにお金もかからないし、先生たちも楽しそうだし、先生たちとずっと一緒にいるから僕は英語が教えてもらえます。使える英語が身についたのは先生たちのおかげだと思います。

フィリピンで生活してみて、文化の違いなどはどういうところで感じましたか。

――海外旅行は初めてではなかったんですけど、整備されていないところで何週間も滞在するというのは今回が初めてでした。寮は1人部屋と2人部屋があって、僕は共同生活が苦手なので1人部屋にしていました。でも、終わってみると2人部屋でもよかったかなと思います。部屋の下が少し空いていたので、小さいトカゲが入ってきたりして、トカゲと5週間生活していました。大きなトカゲかヤモリかに噛まれた先生がいて、写真を見せてもらったんですけど、これが部屋にいたらやばいなと思いました。でも、日本では絶対に見ることができないものを見ることができました。
フィリピンでは、ベアハンドという手で食べる文化があります。手で食べることも、やってみると早くて楽でした。スクールにある食堂は味付けを日本人向けにしていたり、韓国人にはコチュジャンを用意してくれていました。生粋のフィリピンの家庭料理もおいしかったです。でも、バロットという孵化して14日の卵を食べる、という文化には驚きました。卵をパカっと割ったら、黄身とヒナがいるんです。僕はじゃんけんで負けてバロットを食べることになったんですけど、ヒナをのけて食べてみると、濃厚な黄身で美味しかったです。さすがにヒナは食べれなくて、羽が生えたヒナをカルシウムがあるからと食べる人がいることに驚いていたら、僕らが魚の刺身を生で食べていた文化と同じだよと言われて、なるほどなと思いました。そういうフィリピンの文化を知ったし、自分たちの魚を生で食べる文化は向こうにとってバロットを食べることと同じなんだと知って、受け入れることができました。
また、ジプニーやモーターバイク、トライスクルなどフィリピンの乗り物には全部乗りました。ジプニーは、向かい合って座るバスのようなもので、窓がなくてどんどん人が乗り込んできます。ジプニーの入り口の外側につかまっているだけなら、無料で乗れたりします。トライスクルはモーターバイクの下に板がついていて、3人くらい乗れる乗り物です。けっこう楽しくて、フィリピンの乗り物はすごく活用していました。一番多かったのはタクシーで、メーターの詐欺はされないように気をつけて乗っていました。とてもいい経験になったと思います。

今回の経験で、新しい発見や驚きはありましたか。


――フィリピン人の人はめっちゃ元気でした。フィリピンタイムみたいなので、朝9時に出ようと言っていても、実際には12時だったりして、スローな感じでした。時間厳守な日本人では絶対に考えられないことだなと驚きました。フィリピン人のみんなは焦っていないので、そういうところも彼らから学びました。僕はきっちりしている方だったので、一緒に生活していくうちに心にゆとりを持てて、時間感覚が良い意味でルーズになりました。
お金に関しては、少し大変でした。フィリピンでの1000ペソは1ヵ月生活する3分の1なので、小銭を持っていないんです。例えば、大きいお金で50ペソの物を買う、というのは向こうでは考えられません。100ペソでようやく50ペソの物を買います。大きいお金を出しても、小銭がないからおつりを返せないからです。だから、最初の一週間は小銭集めに苦労しました。国に帰る人はどちらかといえば大きいお金を持っていた方がいいので、その時に色んな人に両替してもらったりして、小銭ケースがパンパンになるくらい集めました。お金は日本円の2分の1だったので、計算はしやすかったです。本当に物価が安くて、マンゴーが1個40円だったり、アカシヤの木のプレートが1000円ぐらいで買えたので、帰りはキャリーがいっぱいになるぐらいお土産を買いました。
フィリピンでは、水道水はお腹を壊すから飲めないので、どの家庭にもウォーターサーバーがあるのには驚きました。大きいウォーターサーバーが1つ20円ぐらいでした。需要があるから供給も増えて、価格も下がる、という均衡が取れていて、いつも綺麗な水が飲める状態になっていました。水が汚いというのは分かってはいたんですけど、それをペットボトルの水ではなくウォーターサーバーの水で対応していたことに驚きました。

行く前の想像との違いやギャップはありましたか。

――思っていたより、怖くなかったです。マニラという首都は本当にやばいところみたいで、空港会社がキャリーの中に銃弾を入れて旅行客を脅してお金を盗る、ということが昔あったことを聞きました。だから怖いところというイメージがあったんですけど、セブとかは観光地なので比較的に安全なところで、穏やかでした。夜に、僕一人で交渉して、50ペソのところを20ペソに値切ってモーターバイクに乗ったことがあります。滞在しているうちに、現地の人相手に交渉できるだけのコミュニケーション力が身についていました。とりあえず、何でも恐れずにやるようになって、すごく度胸がついたな、と思います。

今回の留学で学んだことは何ですか。


――フィリピン人は、人へのリスペクトがすごかったです。日本人はどちらかと言えば冷たくて、自分さえ良ければいいという部分があるかなと思うんですけど、フィリピン人は良い意味ではフレンドリーで悪い意味ではズカズカ入り込んでくるって感じでした。でも、英語が話せなくて躊躇する不安があるので、ズカズカ入ってきてくれた方が自然と打ち解けられます。そのうち、授業でもライティングもリーディングもしたくない、と教科書を閉じてスピーキングだけの時間を作ってもらって、フィリピンの話を全部英語で話すということもしていました。
フィリピンで英語を学んだことで、大学にいるフィリピンの留学生とより交流するようになりました。僕が英語で話して向こうが日本語で話す、ということをしています。分からないことは向こうが教えてくれるし、留学生のチューターもしているので、すごくいい感じです。僕は日本語を教えるし、向こうは英語を教えてくれるし、とても役立っています。2月に韓国からの留学生が来ていたんですけど、ほとんど日本語を喋れない学生がいて、僕が英語を喋れたのでコミュニケーションをとることができました。そのおかげか、後半は日本語で積極的に話しかけてくれるようになりました。きっかけ作りとしても英語が使えたので、英語をやっていてよかったなと思いました。
フィリピンの先生とは今もテレビ電話などで交流していて、大学のカリキュラムのインテンシブ・イングリッシュ・プログラムに参加する時に会えたら会いたいと思っています。今後も、積極的に海外には行きたいと思っています。

次に参加する本学のインテンシブ・プログラムに向けて、どんな思いがありますか。

――勉強したいというのももちろんあるんですけど、今回の5週間の留学でフィリピンのことがすごく好きになったので、個人でフィリピンに行こうと思っていました。でも、大学のプログラムなら実質10万円くらいで行けるので、参加したいと思いました。日本語を喋ったら罰金、というみんなが作ったルールがあるらしくて、それもいいなと思いました。担当教員の中澤先生とも話したことがあって、今回のプログラムに誘っていただいた、という先生とのつながりもあります。
今は、毎週インテンシブの授業があって、自分で調べてきた英単語などの課題を提出しています。僕は一度フィリピンに行っているので、向こうの事情や習慣もなんとなく分かっています。行っていない学生は聞いた知識だけなので、僕は目で見たものを知っています。その点では有利というか、自分にとってプラスな作用をもたらしてくれているなと思います。

今回の経験を通して、自分の中で変化はありましたか。

――どちらかというと、僕は自分がよければいい、自分さえできればいい、と思っていました。でも、誰かのためにやってあげよう、ということをフィリピンの先生たちから学んだので、日本に帰ってきて自分もそうしようと思うようになりました。それに、僕はあんまり人と話さないんですけど、帰ってきてからは積極的に話すようになりました。以前はピア・リーダーをしていても、人と話はできるけど話していなかったり、人とあまり群れたりしていませんでした。でも最近は積極的に人の輪に入るようにしています。フィリピンに行って、すごく明るくなったと思います。この人はこういう人、というように何でも受け入れるようになって、すごく寛大になりました。今までシャットダウンしていたことも、繋げていくようにと変わりました。帰ってきてから、みんなから「変わったね」と言われるようになりました。受け入れてくれるから話せることもあるし、聞けることもあります。まずは受け入れるということがコミュニケーションの基本で、尊敬の気持ちを忘れないことが大事だということもフィリピンの先生が教えてくれました。思ったことは言うように、でも相手を尊敬する気持ちは忘れずに、相手を受け入れながら生活するようになりました。

これからの将来にどのように活かしていきたいですか。

――将来国語の先生になる、となると英語はどちらかというと必要ないかもしれません。でも、もうひとつの夢である日本語教員として海外で生活するなら、必要最低限あったらいい言語が英語です。それを今のうちから身につけておきたいです。大人になってからは時間がなくて語学は学べない、と先生も言っていました。学生のうちに何ができるのかを考えた時、将来のための糧、材料などを自分のかばんに詰め込んで持っていた方が安心もするし、夢に近づけるんじゃないかと思いました。土台を作ってから社会に出ていきたいです。英語が出来た方が仕事の幅も広がると思うので、今回の経験で英語を学べたことは本当によかったと思います。夏休みをバイトだけで過ごす学生もいると思うんですけど、働いてお金を稼ぐということは社会人になってもできることなので、僕は学生のうちにしかできないことをしていきたいと考えています。

留学に興味のある後輩へのアドバイスやメッセージがあればお願いします。


――僕が一番はじめにフィリピンの学校に着いて言われたことが「Don’t be shy!(恥じるな)」ということでした。「知らないことは恥ずかしいことじゃないし、聞けないことの方が恥ずかしい。分からないことがあればすぐに聞いて、やりたいことは全部言いなさい。もしミスをしても私たちは受け入れるし、理解するし、いつでも味方でいるからね。それが、外国人が外国人を受け入れるということだよ。だから、心配しないでね」という言葉に胸を打たれました。
外の世界を見なくても人は成長できるけど、見た方が心も身体もより成長できると思います。僕は、心の成長が大きかったです。
だから、常に「Don’t be shy!」で、恥ずかしがらずに何でもチャレンジしてみてください!


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『海外での交流を通して』

社会学部 観光学メジャー 2017年度卒業 長井恵里さん
活動内容:世界のろう者との交流
活動場所:カンボジア、ベトナムなど

海外旅行に行こうと思ったきっかけは何ですか。

──大学生になるまで、海外に行ってみたいとは全く思っていませんでした。それまでずっと地元から出たくなくて大学が香川というのも嫌でした。しかし、大学に入ってから友達も増えて、その友達がいろんなところへ行っているのを見て、自分も行ってみようかなと思いました。それで気づいたら11ヶ国も行っていました。
 初めて行ったのは大学1年生の時のグアムです。観光だったので友達と一緒にデパートでショッピングをしたり、パラセーリングをしたりして、とても楽しかったです。
 耳が聞こえないので、コミュニケーション面で不安がありましたが、身振り手振りで聞こえる人よりも意思疎通ができると感じました。

世界のろう者と交流するようになったのはいつ頃からですか。

──初めて世界のろう者と交流したのは大学2年生の時に訪れたカンボジアで、ろう学校を見学し寄付もしました。その次は大学3年生の時に訪れたベトナムで、ろう学校やろう協会、青年部を見学しました。

カンボジアでの交流はどうでしたか。

──私が今、大学に行けているのは本当に恵まれていることだと考えさせられました。カンボジアにもろう学校がありますが、行けない子どもが多いのが現状です。私が訪れた時は100人ぐらいの子どもたちがいましたが、同年代の子が小学6年生ということに驚きました。

ベトナムのろう学校ではどんなことをしましたか。

──日本の大学について、大学でどういう過ごし方をしているかなどを講演しました。私はノートテイクを受けていることや食堂で友達と食べていることを写真も見せながら話しました。ベトナムの場合は、大学に進学する人は少なく、就職もできない人が多いです。運転免許の取得も認められていないので、「どうして日本は進学や就職ができるの?」と難しい質問もありました。ろう者が周りから認めてもらえない現状の中で講演するのはとても緊張しましたね。

ベトナムでの交流はどうでしたか。


──ベトナムではハノイろう学校で講演、ダナンろう学校の見学、ホーチミンろう協会の見学をしました。ベトナムに行ったことがある友達と一緒に行っていたので、その友達や現地の人からベトナム手話を教えてもらいながら覚えました。ベトナム手話は日本手話と全く異なるので、初めは戸惑いましたが「アメリカ手話をベトナム手話でいうと何?」と知っているアメリカ手話からベトナム手話に変換しながら覚えました。ベトナムでも少し前まではアメリカ手話が主流だったそうですが、今はベトナム手話を普及させようという動きになっているようです。
 ベトナムでの交流でできた友達とは、たまにテレビ電話で連絡を取っています。
また9月に所属している全日本ろう学生懇談会の海外研修プロジェクトの一環で行く予定です。ろう学校で教鞭をとる経験ができるので楽しみです。

新しい発見はありましたか。

──ベトナムではみんなが積極的に挙手して発言していて、リーダーも一人ひとりから意見を導いたりまとめたりするのがとても上手くて感動しました。日本人は大人しい、あまり意見を言わないといいますが、その通りでとても痛感しました。
リーダーの在り方について考えさせられ、色々と新しい発見があった有意義な時間でした。

11ヶ国の旅行の中で印象に残っているのはどこですか。


──今までアジアに行くことが多かったのですが、イタリアで初めてヨーロッパの地を踏んだ時はすごかったです。
多人種が共生していて、のんびりとゆったりとした時間が流れていました。
5日間で7都市を周遊し、お金や時間が限られている中で1日に1都市でしたが、それでも十分に楽しめました。観光学で学んだ世界遺産を実際に見られてとても嬉しかったですね。

海外に行って、自分の中で何か変化はありましたか。

──コミュニケーション能力が上がったと思います。それに今まで地元から出たくないと思っていたのに、世界中を旅したいと刺激を求めるようになりました。また、旅のプランを考えて航空券やホテルを個人で手配してきたので計画力も身に付きました。

日本でのろう者との交流を教えてください。

──全日本ろう学生懇談会というろう学生からなる団体に入っており、そこで全国のろう学生と交流しています。同世代の人たちとリアルタイムで議論ができる場です。
海外旅行の経験もありますが、この団体に入ってから意見を述べられるようになりました。このことから大学に進学してよかったなと幾度も思います。
 また、地元の青年部の部長をやっています。今年度から新体制で発足して、仲間づくり・学習づくり・要求づくり、の三本柱に沿った活動をしています。私たちの生活が不自由なく恵まれているのは、ろうあ運動をしてくれた先人たちのおかげであることを多くの人に知ってもらうために、これからも活動していきたいです。

将来にどう活かしていきたいですか。

──大学に入ってから「思い立ったら行動に移す」をモットーにしているのですが、これまでの決断に後悔はありません。むしろ、すべて自分のためになっているのでよかったなと。社会人になったら、経験を振り返り、慎重に行動に移していけたらと思います。
 また、『課題解決』をビジョンにしている企業で、ろう者の業務範囲拡大などろう者がもっと暮らしやすい環境づくりに貢献していきたいです。

海外での活動や交流に興味がある後輩へアドバイスやメッセージがあればお願いします。


──やはり、思い立ったらすぐに行動に移した方がいいと思います。思い立った時点で、自分に必要なことだと思うので、迷っている暇はないと。地元を出る前はあらゆることを親や先生に任せていて、大学を選んだのも先生でした。今思えば、自分に関わることは全部自分で決断した方がいいと思いますね。自分が「これだ!」と決断したことはそれなりに続きますよ。