学生活動-その他

『インタレストで香川県の魅力を伝える!』

社会学部 情報加工学メジャー 藤川 美夕季 さん

香川県立三木高等学校出身。
インタレスト2020early(通巻29号)編集長。
株式会社JR四国ホテルズ内定。

 

情報加工学メジャーの学生が発行しているフリーマガジン「インタレスト」。うどんブームの火付け役として有名な田尾教授のもと、学生たちが鋭意編集をしています。インタレスト通巻29号の編集長をつとめた藤川さんにインタビューしました。

インタレストとはどのような雑誌ですか?

――情報加工学メジャーの学生が取材から発行まで行っているフリーマガジンです。6月と12月、年2回発行しています。うどんブームの火付け役として有名な田尾教授の指揮のもと、企画、取材、編集、発行まですべて学生が行います。例えば、
・池の名は。(香川の池6019面の名前を分類してみた。)
・魂のうどん脳スケッチ(香川県のマスコットキャラクターであるうどん脳のスケッチを老若男女100人に頼んでみた。)
など、他の雑誌にはない切り口で香川県内の情報を発信しています。

インタレストは、県内の紀伊国屋書店前ラックや、一部有名うどん屋さんなどで入手することができますが、ファンが多く品切れになることが多々あります。大学の授業だからこそできる人海戦術で、県内を走り回って数々の企画を生み出してきました。

企画や取材はどのように行っているのですか?

――ひとつの号が発行されたら次号に向けての企画会議が開かれます。新人からベテランまでインタレスト制作メンバー全員が集まり、一人ひとり自分の企画をプレゼンしていきます。ここで多くの企画が振り落とされます。残った企画は第2ステージへ。第2ステージでは、実際に現地への取材、データ収集を行います。ここである程度、データが集まってくるので、掲載したときのイメージが沸いてきます。第2ステージをクリアすれば、いよいよ掲載に向けて編集作業に入ります。制作をするうえで、いちばん大切なのは「完成形を考える」ことです。実際に掲載されたときに、どのようなレイアウトで、どのような写真を使うのか、イメージしながら作業を進めます。ゴールが何かを常に考えることで、何をしなければいけないかが見えてくると思います。
私が、
制作に携わるようになったのは、田尾教授の講演会がきっかけです。高校3年生のとき、田尾教授からインタレストやマーケティングの話を聞いて、「おもしろい!!」と感じました。インタレストを制作するために四国学院大学へ入学しました。広告の見出しの作り方や、読みやすい文書をつくるためのコツなどを学んだので、レポートを書くとき、就職活動のエントリーシートを書くときにとても役に立ちました。また、写真の配置の仕方や文字の置き方を学ぶ授業もあったので、ビジュアルで魅せることもできるようになりました。

印象に残っている企画を教えてください。

――27号の「妄想会議~香川県大改造計画~」です。香川県内にある観光地は全国的にみても知名度が低いということから、観光地を妄想の中で改造する企画です。屋島山頂から高松駅のシンボルタワーまで、全長5キロのロープウェイをつけたり、公園に恐竜を集めて「香川ジュラシックパーク」をつくってみたり…ほかにも夢のある企画を考えました。東から西まで、県内を何度も往復し、写真撮影、取材を行いました。取材に行く道中で見つけたもの(看板や景色など)すべてが制作のヒントになるので、写真に残しています。私は絵を描くのが好きなので、この企画で、写真を合成したり、写真にイラストを描きました。授業以外の時間もフル稼働で、とても大変でしたが、スケジュール管理や取材の仕方など、さまざまなことを学ぶことができたと思います。

ホテルクレメント高松への就職が決まったそうですが、なぜホテリエになろうと思ったのですか?

――大学で学んだことを活かして、企業でマーケティングや広報の仕事をするのだろうと考えていました。でも、6年半続けているスーパーのアルバイトで接客業のおもしろさを感じていたことや、東京へ行ったとき、日程を間違えて予約していたのにも関わらず、フロントの方が近隣のホテルを手配してくれたことに心打たれ、ホテル業界への就職を決めました。また、インタレスト制作で学んだ「ゴールがどこかを常に考える」ことを意識し、目標に対して、どのように動くかを大切にしていきたいと思っています。お客様の要望を受け取り、満足していただけるようなサービスを提供していきたいです。


インタレスト
情報加工学メジャー

『こどもたちを笑顔に!』

社会学部 健康・スポーツ科学メジャー 加藤 天 さん

香川県立丸亀城西高等学校出身。
リーフラス株式会社内定。

スポーツの楽しさを伝えたいという思いから、子ども向け体育教室でのアルバイトに励んだ4年間。その経験を活かし、スポーツインストラクターになる夢を叶えました。「スポーツを通して、子どもたちが笑顔になれるように」と話す加藤さんに、子どもたちとの交流の中で学んだことを話してもらいました。

 

子ども向け体育教室とはどのようなところですか?また、どのような活動をしていますか?

――なわとびやかけっこなどを通して運動を好きになるための教室です。主催は香川県運動推進協会で、週2回、香川県立丸亀競技場で実施しています。月曜日は幼稚園年長から小学2年生、水曜日は小学3年生から6年生までと、年齢別にクラスがあります。小学2年生までのクラスでは、この時期に必要な運動能力の基礎を作ります。小学3年生からのクラスでは、運動を好きになって、体育の授業が得意になるために活動しています。また、春は運動会に向けて走る練習、冬は縄跳びなど、体育の授業にあわせて、さまざまな競技にチャレンジします。運動が得意な子もいれば、運動は好きだけれど体育は苦手な子がいるように、子どもたちのレベルもさまざまです。私は、この体育教室で子どもたちに運動を教えるアルバイトをしています。私自身、幼いころからバスケットを続けていて、大学では健康・スポーツ科学メジャーを専攻しています。大学の授業以外でもスポーツに関わりたいと思い、片山教授からこのアルバイトを紹介していただきました。スポーツが好きな私にはぴったりです!

心に残っているエピソードを教えてください。

――小学2年生の男の子の話です。前飛びはできるけれど、何度練習してもあやとびができませんでした。なわとびが好きな子だったので、練習を休むことはありませんでしたが、「やりたくない」の一点張り。私はインストラクターという立場なので、声をかけたり、見本を見せたり、その子のために一生懸命になっていました。でも、どんなに言葉をかけても、見本を見せても、練習をしてくれませんでした。そのときに、大学の授業で学んだ「子どもは、楽しい!やってみたい!といった気持ちから運動をしたいと思うようになる」ということを思い出しました。その子の気持ちを考えていたか、その子の心に寄り添えていたか。自分なりに考えた結果、「褒めて伸ばす」ことにたどり着きました。前飛びを見せてもらい、とにかく褒めました。あやとびのことには触れず、できることを褒める。すると、その子は自分からあやとびの練習を始めるようになりました。その子をよく観察し、その子のペースに合わせた指導をするように心がけました。数日後、「先生!みて!」と嬉しそうにあやとびをする姿を見せてくれ、一緒になって喜びました。飛べるようになることも大切ですが、子どもが「楽しい」とか「やってみたい」と思える状態をつくることが、指導者の大切な役割だと実感しました。

指導することを通して学んだことを教えてください。

――まず、自分自身が楽しむことです。インストラクターという立場上、子どもたちの運動能力の向上にとらわれてしまいがちですが、いちばん大切なのは「スポーツの楽しさを教える」ことだと感じています。私自身、子どもの頃からバスケットを続けてきましたが、ときにはふざけたり、本気で笑ったり、楽しみを見つけながら成長していました。子どもたちにもスポーツを楽しみながら、心身の成長をさせてほしいと思います。また、私にとっては何気ない言葉でも、子どもにとっては良くも悪くも大きな影響を与えることになるかもしれないので、言葉には気を付けるようになりました。

 

 

後輩のみなさんへ

――自分の得意なこと、自分に合ったことを見つけてほしいです。私は、幼いころからスポーツを続けてきたので、大学では健康スポーツを学び、将来はスポーツ関係の仕事に就くことが自然な流れでした。やりたいことがあれば、それに向かって迷わず進んでください。もし、今、目標が見つからない人も、授業での学びや友達との交流から、自分に合ったことを見つけてほしいと思います。四国学院大学には、個性的でおもしろい先生がたくさんいるので、4年間できっと興味が持てる学びの分野が見つかるはずです。

『“今”より“将来”に活きる経験を』

社会福祉学部 子ども福祉メジャー 2019年度卒業 稲垣美鈴さん
活動内容:ボランティア活動、子ども福祉メジャーでの活動等

ボランティア活動をはじめたきっかけは何ですか。

――最初の頃は、ボランティア活動よりアルバイトをしたいという思いを持っていました。でも、2年生の夏に学童のボランティアに行った時、自分の中で授業と日常生活が近くなったことを実感しました。学童だと学童の子どもとしか関われないので、色んなボランティア活動に参加したいと思うようになりました。色んな人と関わると、授業のことも分かるし、子どもによって対応も違うし、施設や保育所などの場所によっても違うということが分かってから、積極的にボランティア活動に参加しています。

最近では、どんなボランティア活動をしましたか。

――母子生活支援施設の七夕会のボランティアに参加しました。そこは、3年生の施設実習で行かせてもらった施設です。卒業研究は子育てをしている子連れシングルのお母さんについて書きたいと思っているので、施設の方とはずっと交流を持っていました。施設で行われる七夕会にいつもお話会で来ている方が来られないということで、今回私に声をかけていただきました。私の他に、子ども福祉メジャーの友達と、実習に行く予定の3年生と一緒に七夕会に参加しました。七夕会では、ペープサートの劇をしたり、手遊びをしたり、巨大絵本の読み聞かせをしました。老人会の方も参加していて、2、30人ぐらい集まっていました。
実習の時は、時期が8月だったので、施設に来るのは夏休み期間の小学生が多く、あまり保護者の方や保育園に通っている小さな子どもたちと関わる時間はありませんでした。でも、お話会の時に、子どもたちが実習から一年ぶりなのに覚えていてくれたことがすごく嬉しかったですし、実習では関われなかったお母さんや小学生以外の子どもたちとも関わることもできて、しっかり話をすることができました。

ボランティア活動を始めて、自分が成長したなと感じるのはどんなところですか。

――大学に入った理由は、いろんなことを経験して、心の視野を広げたかったからです。それは実現できているかなと感じます。ひとつの方法でも、「うん」という子と「したくない」という子がいた時に、「じゃあ、こっちは?」と具体的な案が出せるようになりました。人と話すのは好きな方ですけど、人前で話すことは苦手でした。でもボランティアだと、大学の方お願いします、と前に立つ機会が多くあったので、少しずつ人前でも話せるようになってきたかなと思います。
関わった人数だけ、自分の考え方や行動の選択肢が広がったので、ボランティア活動は本当にしていてよかったと思います。

子ども福祉メジャーでの活動で印象に残っているイベントは何ですか。


――それぞれのイベントごとに思うことが色々あるので、一つに絞るのはなかなか難しいんですが、「こどもひろば」ですかね。去年の「こどもひろば」は、一年お休みしての開催だったので、先輩たちに聞くということができませんでした。私たちも1年生の時に参加はしているんですが、参加している人数が少なく、具体的な想像ができないまま手探りで始めたので、すごく思い入れは大きいです。先生や同級生とも衝突が何度もありつつ、日程が近づく中で余裕がなくなっていた時もあったんですけど、なんとかお互いに相談しながら本番に近づけていきました。私は、どこのグループにも入っていなくて、お土産を作っていました。そのお土産は私から見て「まあまあ面白いかな?」ぐらいで、実際はどうなんだろうか、と気になっていました。そんな時、善通寺のボランティア先に持っていくと、すごく喜んでもらえました。いくら子ども目線で考えてみても、子どもと同い年ではないので、やっぱり直接子どもに聞いたりするのが一番だなと思いました。
また、こどもひろばの準備の中で、私自身がグループ内で密に制作に関わっている訳ではない分、それぞれのグループの様子を見たり、話を聞いたりするようにということは気にしていました。
同じ学年の子たちは、いろんな個性を持っていて、すごく優しい子たちばかりなので、この学年だからこそ「こどもひろば」が成功したのだと思いました。

子ども福祉メジャーでの学びや経験がボランティア活動にどんな時に活かされていると感じますか。

――ボランティアは、はじまったらすぐに本番で、それまでに準備していたとしても活動中にトラブルが起きることがあります。たとえば本が落ちてしまった時や、子どもたちが元気過ぎた時など、そこで起きたトラブルに対処する力は少しずつついてきたと思います。イベント事で、終わりました、となった後でも子どもたちがまだ目を輝かせていても、最初の頃は「もう終わりだよ」と言って終わらせていたんですが、経験を重ねていくうちに、手遊びやクイズなど、ちょっとした子どもとのやりとりがすぐに出てくるようになりました。それは、子ども福祉メジャーで学び、経験したことが大きいかなと思います。
また、年の離れた子どもと関わることに、はじめはすごく緊張していたんですけど、様々な経験を通して少しずつ慣れてきたと思います。普段から「駄目」とか「危ない」という言葉を使わないように意識していたのですが、部分実習の発表時、失敗もあったんですけど、とっさに出てくる言葉として「こっちにしてみようか」とか、元気な子に「静かに」と言うのではなく「元気だね」という言葉がすぐに出てきていたよ、と友人に言ってもらえたので、とっさの行動や言葉は経験を積んで変わってきました。

子どもたちと関わる上で気をつけていることはありますか。

――言葉遣いはもちろんなんですけど、大山先生の下で学んでいる影響か、「男の子だから」「女の子だから」とか「Aちゃんはこうだから」という考え方があまり好きではありません。だから、子どもたちを一人ひとりの個人としてみるように気をつけています。それに、あまり子どもに制限はしたくないと思っていて、子どもたちのしたいようにさせてあげたいし、それが危なかったら「こうしてみる?」とやり方を変えてみたりしています。遊びでも、子どもに「これして」「あれして」というのは、子どもも楽しくないと思うので、そういう言い方はしないようにも気をつけています。
また、ボランティアで小学2年生生の子に対して他の子たちと同じように接していたら、「子ども扱いしないで!」と言われたことがありました。それから、あまり子ども扱いしすぎず、年代に合わせて個人を尊重して関わっていけたらいいなと思って関わっています。

ボランティア活動で学んだことをどのように将来に活かしていきたいですか。

――子どもの数だけ個性はあると思うんですが、様々な活動を通して色んな子どもたちを見てきたことは、関わる子どもを見る1つの手段やヒントとして考えられると思います。子どももそうなんですけど、施設の方や保護者の方と話す機会がボランティアでは多かったので、大人とも関わることができました。子ども大人関わらず、人との関わりをボランティアでは学べるものがありました。今よりも将来の方が人と関わることは多いと思うので、この経験が役に立つと思います。一人ひとりと向き合って、ちゃんと関わりたいと思っています。子どもも大人もそれぞれに悩みがあると思うので、話をしたり、人と関わったり、コミュニケーションをとることで「明日も頑張ろう」と思ってもらえたり、少しでも前向きになってもらえたらいいなと思います。
それに、先生には「勉強もいいけど、現場も見てきて」と言われていました。ボランティアで現場を見たことで、人との関わり方や失敗した時の対応など、学べたことは大きいと思うので、それをそのまま将来にも活かしていきたいです。
就職しても、ボランティアに参加できるなら参加したいと思っています。やっぱりそこだけしか見えないのはもったいないし、色んなものを見たいし、学びたいと思うからです。

ボランティア活動に興味がある後輩へ、何かアドバイスやメッセージがあればお願いします。


――私が実際に施設の方から、「どれだけ勉強してどれだけ知識を頭に入れていても、経験がなかったらさっとは動けないし、勉強は基本的なことは学べるけど、応用的なことは経験からしか学べない。様々な場所や色々な人と関わることでしか学ぶことができないことがあるから、勉強も大事だけど、ボランティアなどの経験をたくさんしてきてね」ということを言われたことがあります。この言葉が、ずっと私の心に残っています。やっぱり教科書やビデオから理解するのは限度があるので、今の子どもの姿を直に感じたり、失敗した時や成功しそうな時の現場の雰囲気とか、現場でみんなの前に立たないと分からないことがたくさんあったので、現場でそれを見て、感じて欲しいと思います。失敗しても他にフォローしてくれる人もいるし、失敗して自分で立ち直る経験も必要だと思うので、怖がらずにボランティアに参加して欲しいです。
今だけを考えると、バイトをしていた方が良いと思うかもしれないんですが、後から思い返した時に後悔すると思います。私も一年生の時は、年々忙しくなる、と先生や先輩に言われていても、今が忙しいから、と参加していなかったんですが、もっと早くから色んな経験をしておけば分かることもあっただろうし、ボランティアを通じて人とつながれることがすごくたくさんあったので、もっとしておけばよかったと今になって後悔しています。
だから、興味があるなら、怖がらず、とりあえずボランティアに参加してください!


子ども福祉メジャー
こどもひろば2019「むしのせかい」

『子どもに合わせて工夫すること』

社会福祉学部 子ども福祉メジャー 2019年度卒業 石川史織さん
活動内容:ボランティア活動、子ども福祉メジャーのイベント等

ボランティア活動はいつ頃から始めましたか。

――ボランティア自体は、実習がきっかけで2年生の時から始めました。子どもと関わる仕事がしたい、という思いから子ども福祉メジャーに入ったんですけど、なかなか子どもと関わる機会がありませんでした。実習も時期が決まっていたので、それまでに経験を積んでおきたいと思い、ボランティア活動に興味を持ちました。2年生の時に所属していたキャンプリーダー会トムソーヤ(サークル)に案内があった小学校の夕涼み会のボランティアが最初です。そこで知り会った方に紹介してもらった託児のボランティアに参加するなど、徐々に活動が広がっていったと思います。また、学部にボランティア募集などの張り紙があったり、先生のところに来た案内を見たりして、子ども福祉メジャーの仲良い子たちと一緒に応募して参加したりもしています。

最近では、どんなボランティアに参加しましたか。

――善通寺市が行っている子どもカフェのボランティアに行きました。その関係で、「子夢の家」で行っている子どもカフェにも参加しました。授業で子ども食堂のことについて聞いてはいたんですが、その中身については予想もつかなかったので、実際に経験しておきたいなと思ったからです。
子どもカフェでのボランティアは、子どもたちと遊ぶことがメインです。一緒に食事をして、食事が終わった子達と一緒に遊ぶ、という感じです。最初は絵本を持っていって読んだりしていたんですけど、それよりも一緒に遊ぶ方が楽しんでくれていたので、次からは絵本は一応持って行くようにして、基本的には子どもたちのやりたいように一緒に遊びながら関係づくりをしていました。
実際に参加してみて、すごく楽しかったです。けっこう人数も多くて、需要のある活動なんだなと感じました。

ボランティア活動の際、授業での学びは活かされていますか。

――授業は基礎知識になるので、頭に入っていたことは役に立っていると思います。聞いて学ぶより実践で学ぶ方が身につく、とは思うのですが、学んだことと照らし合わせるのが大切だなと感じます。授業で学んだ、○歳児がこんな発達で~、というのを実際に見て、「本当だ!」と実践でさらに学ぶことができます。

ボランティア活動以外にも、子どもと関わる活動はしていますか。

――2年生の時から、善通寺市の預かり保育のアルバイトをしています。預かり保育では、子どもと遊んだり、小学生の子には宿題で分からないところを教えたりしています。3年続けていると、そこで見た子どもの姿や子どもの気持ちの変化を側で見ることができて、自分の経験として力になっていると思います。
幼稚園の頃に出会った子が今は小学生になっていたりするので、成長を間近で感じられるのも面白いし、すごく楽しいです。

子どもと関わる時に気をつけていることは何ですか。

――勉強していく中で、子どもたちのことを否定しないように、否定的な言葉かけをしないように、ということは常に意識するようになりました。意識はしていても、とっさに「駄目」とか「それはやめて」とか否定的な言葉が出てくる時もあったんですけど、今は「~したかったね」「でも今はこれをする時間だよ」と言葉を置き換えるようにしています。子どもたちは自由なので、言うことをきいてくれる子もいれば、また言ってると思うだけの子もいて、時と場合によって響く時と響かない時があります。それでも、私は繰り返し言うことが大事だと思っていて、何回も言うことによって、最終的に危険なことをしなくなればいいなと思っています。まだ全然うまくはできないんですが、ちょっとずつでもうまくできるようになりたいです。

ボランティア活動などをやっていてよかったなと思うのはどんな時ですか。

――子どもたちができなかったことができるようになったり、「あれ?」という変化を見つけた時はすごく嬉しいです。ありきたりかもしれないんですが、実習やボランティア活動などで、知らない大人が来た、という状況の中で、次に会ったときに子どもたちが覚えていてくれたときは、やっていてよかったなと思います。また一緒に遊んでいて、「またね!」と言われた時もすごく嬉しいです。

ボランティア活動などを通して、自分が成長できたなと思うところはありますか。

――色んな年齢の子どもたちと関わることができたので、4年生になってからの実習では「○歳児」と聞いて、ここまでなら子どもが理解してくれるなとか、話し方とかは、その年齢の子どもたちに合わせてすぐに対応できるようになったと思います。
2年生の最初の実習では、子どもと関わることよりも、良い成績を残したい、自分の考えてきた指導計画をやる、ということばかり考えていたんですけど、4年生になってからは子どもの姿を見て、自分が考えてきたことと違うなと感じた時は、子どもの姿に合わせて臨機応変に保育ができるようになりました。それは、ボランティア活動や預かり保育のアルバイトの経験があったからこそ、自分が成長できたところだと思います。

子ども福祉メジャーでも様々な活動をしていると思いますが、一番印象に残っているものは何ですか。

――やっぱり、「こどもひろば」です。準備期間がすごく長くて、それが一日の数時間で終わってしまうんですけど、その中でやりくりしたり、みんなで協力して大きなイベントを開催するというのはなかなか経験できることではないと思うので、経験できてよかったです。それに、一緒にいる時間が長いので、学年の仲がすごく良いです。意図的に集まろうという連絡をしなくても、お互いが危機感を持っていて、自然と集まれるので、良い学年に入れたなと思います。この学年でよかったなというのは、4年生全員が思っています。みんなとできたことも、良い経験だったなと思います。この学年だったから、こどもひろばができたと思っています。

3年生の時と4年生の時、それぞれどのように「こどもひろば」に関わっていましたか。

――「こどもひろば」のメインは、3年生が担当します。私が3年生の時は、「もりのくに」をテーマに開催しました。私は、大山先生の迷路班で班長のような立場で準備をしていました。車椅子が通れるように、車椅子の方も楽しめる高さで、子どもも楽しめる高さで、という工夫や、部屋の中に決まった大きさの段ボールを並べていかに迷路にするか、ということを考えて作っていました。部屋もそんなに広くないし、段ボールも小さくないので、難しすぎず、簡単すぎず、ということを考えるのは大変でした。迷路の行き止まりも楽しめるような工夫が必要です。カラーセロハンでつくった光るきのこを作ったり、ゴール手前に屋久島のウィルソン株をイメージした大きな切り株を作って、その中に入って見上げるとハートになっていて猿がいたり、と様々な工夫をしました。大きい子も楽しめて、小さい子も楽しめるように考えるのは難しかったです。
4年生になって、メインの担当は後輩たちになりました。私たちの時は、一年こどもひろばをお休みしていた期間があったので、実際にやった先輩たちがいない中での開催でした。でも、今年は実際にやったことのある先輩がいる環境で、私たちももっと頑張りたいという思いがあったので、メインを担当する3年生に「これどうしたらいいですか?」と聞かれた時は必ず一緒に考えるようにしていました。最終的にできたものを見て、「ここ危険じゃないかな?」ということも4年生で確認したりしていました。せっかく伝えられる立場だし、記録もあまり残せていなかったので、口頭で伝えられる部分はしっかり伝えたいと思って参加していました。

これまでの経験を、どのように将来に活かしていきたいですか。

――子どもとの関わりに関しては、アルバイトや実習、ボランティア活動での経験になると思うんですが、製作に関しては、子どもが安全に遊べるものを作るために、こうあればいいとか、ここをこうした方が良い、という学部の活動で学んだことが活かせると思います。あとは、予算が決まっているので、その中でやりくりしながらより良いものを作る、ということはすごく勉強になったと思います。

子ども福祉やボランティア活動に興味がある後輩へ、何かアドバイスやメッセージがあればお願いします。


――まずは、楽しむことが大事だと思います。辛くて、「やらなければいけない」という中でするよりも、自分がやりたいことを見つけて、やっていく方が楽しみながらできるかなと思います。あとは、けっこう大変なメジャーなんですけど、自分の力になっていることがすごく実感できますし、保育の勉強では専門の先生も豊富なので、それも含めてこの大学の子ども福祉メジャーでよかったなとすごく思います。ボランティアは色んなものがあるので、積極的に何かをすれば、そこから芋づる式に色んなボランティアが出てきたり、就職活動にもつながるので、先輩や先生から紹介されるものについては積極的に参加していった方が良いと思います。


子ども福祉メジャー
こどもひろば2019「むしのせかい」

『大人になるために』

文学部 人文学科 英語メジャー 2019年度卒業 松本教生 さん
活動内容:ピア・リーダー

ピア・リーダーをはじめたきっかけは何ですか。

――入学してすぐの新入生オリエンテーション期間で、「赤いジャケットを着たすごい人がいる!」というのがピア・リーダーの先輩に対する最初の印象でした。十八歳の自分もあと二年すれば成人で、どうすれば大人になれるだろうか、と考えた時に、一週間支えてくださったピア・リーダーの先輩方の姿を見て、ピア・リーダーになれば自分も大人になれるかもしれない、と思ったことがピア・リーダーをはじめたきっかけです。

ピア・リーダー活動をするにあたって、目標などはありましたか。

――正直、目標という目標はありませんでした。ピア・リーダーになるための養成講座の時も、自分は周囲に比べて特筆する能力もありませんでしたし、人見知りな方だったのですが、ピア・リーダーになりたいと努力をして、何とか受かることができました。そういった経緯もあったので、具体的な目標を持って、というよりは、とにかく目の前の与えられる仕事をがむしゃらに頑張っていこうと思って取り組んでいました。

ピア・リーダーになったことで、自分が成長できたと思うところはどこですか。

―― 一番は、リーダーシップ能力と人前で話す力が付きました。十八歳で大学に入学した時は、二十歳になったら自動的に大人になれるかなと思っていたんですが、全然そんなことなくて。でもそんな中で、ピア・リーダー活動の様々な経験を通して少しは大人になれたかなと感じられるようになりました。今、ピア・リーダーとしての代表をやらせてもらっているんですが、ピア・リーダーという組織は他の組織以上に様々な意見がぶつかり合う組織だと思います。一から百まで言われますし、自分の言動がみんなにどう思われているのか、ということも直接的に分かります。でもそういう経験を何度も繰り返していくと、自動的に大勢と話す機会も多くなりますし、みんなをまとめていくというか、こうすればみんなが納得してくれる、ということもどんどん分かってきます。だから、リーダーシップ能力や人前で話す力というのは、ピア・リーダーを経験したからこそ磨くことができた力だと思います。

ピア・リーダー活動で印象に残っていることはありますか。

――印象に残っているのは、ピア・リーダーとしての活動というよりも、日々の伝達事項という小さなことから、新入生やピア同士の人間関係のサポートなどです。他のピア・リーダーは新入生をサポートしますが、自分は代表としてピア・リーダーをサポートしなければならないので、毎日楽しいんですが、大変なことも多いです。たとえば、何かいざこざが起きた時はその子と直接話したりだとか、入学式の時に気になった新入生がいたらその子のクラスター担当のピアの子に「あの子どんな感じかな?」と気にしたり、入学式が終わっても残っている保護者の方がいたら「何かお困りごとはないですか?」と声をかけたり。だから何か大きな一つのこと、というよりかは日々の小さなことを代表としてやっていくことで、リーダーシップ能力や人前で話す力が身についてきたんだと思います。

活動をしている中で、気をつけていることはありますか。

――入学した時は人見知りで、最初は授業も全然楽しくありませんでした。でも、だからこそ、クラスに入って新入生が最初どんな気持ちになるのかを誰よりも分かっていると思います。
だから、クラスが盛り上がってるか、というクラスター単位で見るのではなくて、その中で充実した学生生活を送っている子送っていない子、楽しんでいる子楽しんでいない子、一人ひとりをみるようにしています。それに、やっぱり大学生なので、勉学に励める環境を提供できるよう、人間関係などを自分がサポートできたらなと思っています。また、ピア・リーダーだからここまでしかしない、ということではなく、困っている人がいたら声をかけるし、「大学生のお手本だから」ではなく「大学生のお手本だね」と言われるように心がけています。職員さんや地域の方々と会ったら挨拶するように、ということは全員に徹底しています。

ピア・リーダーの代表になる前となった後では、自分はどう変わったと思いますか。

――最初ピア・リーダーになったばかりの二年生の時は、仕事も何も分かりませんでした。でも新入生は僕のことを“二年生”ではなく“ピア・リーダー”という目で見てきます。だけど全然話すことも話しかけることもできなくて、話しかけられたら話す感じでした。でも今は、自分から話しかけるだけではなく、注意もできるようになりました。そこは大きく変わったところだと思います。それに、今は自分が代表として仕切れる部分もあるので、大変さもあるんですけど楽しみの方が大きくて、やりがいがあります。

ピア・リーダー活動をしていることで、普段の学生生活が豊かになったと思うことはありますか。

――大学は高校とは違ってクラスというものがありません。一年生の時はクラスターがありますけど、もちろん取る授業は違います。でも、ピア・リーダー活動の中で仲間ができるし、本気でぶつかり合うので、喧嘩をしながらも、かけがえのない存在ができます。ピア・リーダーをしていたからこそ、信頼できる仲間に出会えました。ピア・リーダーになって、100%学生生活は豊かになっていると思います。

ピア・リーダー活動をしていてよかったことは何ですか。

―― 一言で言うと、大人になれたことですかね。大学生はあくまでも学生なんですけど、その中で成人を迎えます。もちろん高校を卒業して社会人になった人とはまた違っていて、でもその何かって何だろう? と考えて、もっと上を目指していきたいと思うようになったのもピア・リーダーを始めてからです。学力は自分で勉強すればどうにでもなると思うんですけど、話す力というのを大学生活の中で身につけなければならないものです。だから正直、最初はこの大学に入ったのは間違いかなと思ったこともありました。でも、ピア・リーダーとしての活動で様々な経験をつんだことで、この大学でなければ今の自分はなかったと今なら思えます。それに、大学に入る前は将来の夢もなかったんですけど、大学に入って、ピア・リーダーになって、将来のことを真剣に考えるようになりました。そして今は、自分の飲食店を起業するという大きな夢を持っています。そのための第一歩として、卒業後は飲食店で働きたいと考えています。

これからの将来にどう活かしていきたいですか。

――社会人に求められるスキルとして、人前で喋るとか、コミュニケーション能力やリーダーシップ能力というのは、別に社長にならなくてもとても重要なことだと思っています。その中で、ピア・リーダーとして得たスキルというのは、普通に座って講義を受けるだけでは身につかないし、簡単なプレゼンテーションやグループワークでは身につかないと思います。
卒業後、就職されたピア・リーダーの先輩方が、「ピア・リーダーでの活動がためになった」と口を揃えて言っていたので、このピア・リーダーとしての経験は絶対に活きてくると思います。

ピア・リーダーを目指す後輩へアドバイスやメッセージがあればお願いします。


――自分が言える立場ではないんですが、ピア・リーダーに限らず、最近主体的に何かに取り組む学生が少なくなってきているなと感じています。ピア・リーダーの仕事一つにしても、仕事内容を覚えなければできないものもあるんですけど、一番大事なことはやる気で、主体的に取り組めるかどうかだと思います。何か失敗したら自分にはできないと思ってしまう人がいると思うんですが、失敗したり、怒られたりしなければ成長はできません。一旦怒られて、落ち込みながらも何で怒られたんだろうということを考えて、解決策を見つけて、切り替えて頑張って、また挫折して……ということを繰り返していくことで成長していけると思います。
ピア・リーダーにしても、その仕事ができるできないではなくて、ピア・リーダーの学生がそういう主体者集団になることができれば、ピア・リーダーだけじゃなくて大学も活気づいていくのではないかなと思います。


ピア・リーダー制度とは・・・ピア(peer)とは、英語で“仲間”を意味する言葉。入学して右も左も分からない新入生に対し、不安を抱かずとも済むように、適切なアドバイスや話し相手役になってあげられる上級生が必要なのでは? と誕生したのが、このピア・リーダー制度です。新入生オリエンテーションをはじめとする学内イベントなどの中心的な役割を担います。またオープンキャンパスなどで訪れた高校生の案内役も行っています。

『小説を通して』

社会学部 情報加工学メジャー 文学マイナー 2019年度卒業 宮地天雅くん
活動内容:第53回香川菊池寛賞奨励賞受賞 作品名『しゅどうと宮里』

執筆活動をはじめたきっかけは何ですか。

――元々本を読むのが好きな方ではなかったんですが、兄弟に誘われて、中学校の時にケータイ小説を書いてみたのが始まりです。その頃は、そもそも小説とは何かも分からないままに書いていたので、ただ会話分を並べているだけの、台本に近い小説にはなっていないものでした。それでも、ケータイ小説はずっと書き続けていました。高校では文芸部に入ろうと思っていたんですけど、中学から引き続いて柔道部に入ることになって、小説はあまり書けていませんでした。でも、人として成長できたのは柔道部に入ったからだと思うので、後悔はしていません。本格的に小説を書き始めたのは、大学に入ってからです。

本学の情報加工学メジャー、文学マイナーで学んだことが執筆にも活かされましたか。

――大学では、文学を勉強したいという思いと情報加工学メジャーでインタレストの発刊に関わりたいという思いがありました。編集部での経験が後々小説にも活かされてくるのでは、という考えがあったからです。情報加工学メジャーは実践的で、僕の考え方とも合っていました。文学の授業で取り扱うのは、僕が書くジャンルとは違う近代文学で言葉の使い方が違ったりしたので、ためになりました。情報加工学や文学について、自分がやりたいことを選んで学べるので、すごく賢く学べているのかなと思います。

今回香川菊池寛賞奨励賞を受賞した時の思いを教えてください。

――受賞の連絡をいただいた時は、本当にびっくりしました。もちろん全力で頑張って賞をとる気で応募はしていたんですが、とれないのが普通だと思っていたので。でも、賞がとれたら嬉しいなと思っていたので、本当によかったです。

受賞作『しゅどうと宮里』への思いを教えてください。

――今回の作品は、僕が書きましたけど、恵まれた環境で育って、人にも恵まれて、そのおかげでできた作品だと思っています。病院の先生方、高校の先生、多くの人にお世話になりました。障害をテーマにした作品は、簡単に書けるものではありませんが、障害を持っている僕だからこそ書ける作品だったのではないかと思います。僕自身、障害を持っている人とどう接したらいいのか分かりません。苦手だなとか関わりづらいなと思うのはあたりまえのことだと思います。でも、普通に接してくれたらなと思います。ただ、付き合いが長い人には分かってもらえることが多いので、初対面の人に対してもいつも通りに喋って「何言ってるのか分からない」と言われた時はショックを受けます。そういう時は喋り方に気をつけたり、言い回しを変えたりするんですが、僕自身は喋れているつもりなのに伝わらないので、頭が真っ白になることもあります。でも、僕自身が障害を持って生まれて、今の環境で育ってこなければ今回の作品は生まれなかったと思います。

将来の目標を教えてください。

――小説は、誰でも書けると思います。上手い・下手、本になる・ならないは関係なく、ネット小説など誰でも書ける世の中です。その誰でも書ける世の中で、限られている小説で食べていける人間になりたいと僕は思っています。そのぐらいの強い気持ちで、これからも小説を書いていきたいと思います。それに、今回この賞をいただいたこともありますし、地元香川県を盛り上げていけたらいいなと思います。

小説を書きたい・書くことに興味がある後輩へ、アドバイスやメッセージがあればお願いします。


――小説は、途中で投げ出さずに書ききることが大事だと思います。書ききった時の開放感はとんでもないです。小説を書きたいなら、「本を読むこと」「書くこと」です。活字離れと言われている時代で、ツイッターなどのSNSで活字を読んだ気になるのではなくて、本になっている質の高い文章を読むことで、文章力も上がってくると思います。
まぁ、僕は本よりもマンガばかり読んでいるので偉そうなことは言えないですけどね(笑)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
香川県菊池寛賞
高松市出身の作家、菊池寛(1888~1948年)を顕彰し、新人発掘と地元の文化振興を目的としている。
宮地くんが受賞したのは、第53回香川菊池寛賞奨励賞。
◆『しゅどうと宮里』は、『文藝もず』第19号に掲載されています。

『地域での観光を考える』

社会学部 観光学メジャー 2017年度卒業 木内芽衣香さん
場所:綾川町、琴平町
活動内容:地域観光に関わる活動、ボランティア

綾川町シティプロモーションのためのワークショップでは、どのようなことをしましたか。

――話し合いは2回あって、1回2時間程度でした。事前に資料をもらって、「今回はこういったやり方で話し合いをするので、これで話し合いしてください」と言われました。参加者としては18~30人ぐらいで、一つの机に5人程度のグループでの話し合いでした。1回目の話し合いの時には、「綾川町を発展させるのに、今自分がほしいものって何?」というテーマで、グループのみんなで綾川町のいいところや綾川町にほしいことを集めて、机に貼った紙に書き込んでいきました。1回目の話し合いで出た意見は、役場の方が集約してくれて、次回の話し合いの時に「前回の意見をまとめた参考資料」として、それをもとに次は「綾川町で笑顔になれるイベントは何かないか」というテーマで行いました。その場で意見を出す事が多かったです。綾川町のいいところとして実際に出てきたのは、高松や丸亀にも車で40分でいける交通の便がいいところ、綾川町の山方面では田んぼなど自然がたくさんあって農業ができて、町の方へいけばイオンもあるし、住みやすい町なのではないか、などの意見が出ていました。綾川町の土地で、空いているところがあるので、そこに何があればいいかという話もありました。公園は欲しいけど不審者問題をどうにかしてほしい、というのとサイクリングなどのアウトドアを増やしてほしいという意見がありました。いいところだけではなく、悪いところについても意見がありました。元々田んぼが多いので、食物に影響を与えないために外灯が少ないんです。綾川イオンがあるので明るいと思われているんですけど、イオンの裏は外灯がひとつもなくて真っ暗になります。また、綾川イオンができたことで交通量が増えて人身事故も増えているので、歩道橋を作って欲しいという意見もありました。役場の方は、住みたいと思っている方を全面的にサポートしたいという思いがあるようでした。

木内さん自身は、どのような意見を出しましたか。

――私は、2回目の話し合いの時、1回目の時に同じグループだった役場で働いていた元観光課の方が、せっかく四国学院大学と綾川町が提携を結んでいるのだから、もっと学生を利用したいと言っていたので、2回目の話し合いの時に「学生と協力できるイベントを立ち上げたい」という意見を出しました。綾川町には農業高校があって色々と物を作っているという話を聞いたことがあったので、四国学院大学の学生や農業高校の学生を利用した、農業に関するイベントをしてもいいのではないかと思いました。
綾川町に道の駅があるんですけど、売っているものは農協と変わらない野菜メインで、トラックの運転手の方の休憩場所として使われているだけでほぼ人が来ていません。土地がもったいないので、道の駅をリノベーションして、建物をきれいにして人が集まれる場所を作ればいいのでは、という意見を出しました。道の駅を利用して、子どもが遊べる場所と親が見守れる場所が作れれば、住んでいる人が笑顔になれる町になるのではないかと思いました。綾川町はうどんを発祥した最初の土地だということを売りにしていて、うどんの建物があるんですけど、全然人が来なくて活用されていないので、そこで学生に何かしてもらえたらいいなと役場の方に言われました。野菜や米粉などを売っているので、販売促進のためにも、建物を利用してカフェなどを併設してはどうかと提案しました。カフェだと若者も、住んでいる人も集まって話ができるし、地元の新鮮な野菜も買えるので、けっこう利用できるかなと思いました。

新しい発見や学びはありましたか。

――衝撃を受けたのは、1回目の話し合い時の実際に住んでいる方の意見でした。私は、観光学を専攻しているので、「観光をメインで発展させるにはどうしたらよいか」をずっと考えていました。でも、子どもがいる奥さんの「綾川町には子どもが遊べる場所がない」という意見を聞いて、そういう場所も必要なんだと考えるようになりました。外から人を呼ぶ観光だけではなくて、住んでいる人が住みやすい場所にすることも必要だと感じました。この意見でグループ内では話をしていたので、住んでいる人が笑顔だったら、外の人も絶対に来るはずだから、住んでいる人が住みやすい町にすればいいのではないかという結論になりました。

琴平町での金比羅ボランティアはどうでしたか。

――授業で行う琴平の金比羅ボランティアでは、歌舞伎公演に屋外のスタッフとして関わります。毎年、松竹の方々が、歴史のある歌舞伎座で2週間歌舞伎公演を行います。去年は片岡愛之助さんが来ていました。観光地のスタッフの経験や、お客さんと接することでコミュニケーション能力が向上し、接客のスキルも身につけられます。それに、2週間で2単位もらえるのも大きいです。でも、単位を抜きにしても、すごくいい経験になりました。去年から参加したんですけど、歌舞伎については何も知らなかったのでたくさん勉強しました。お客さんからストーリーについてよく聞かれるので、話ができるように勉強をしているうちに歌舞伎の面白さに興味を持ちました。屋外でのボランティアなので歌舞伎自体を観ることはできないんですけど、お客さんが出た後の清掃をして解散した時に、役場の方の案内で歌舞伎座内の珍しいところまで行くことができました。その時、歌舞伎座の内部を研究している方が丁度その場にいたので、歌舞伎座についての説明を受けることができました。歌舞伎座の天井は竹でできているんですけど、そこを歩かせてもらったり、愛之助さんの楽屋前まで行かせてもらったりもして、けっこう面白かったです。観光課の方ならではの話もたくさん聞けて楽しかったです。

琴平町でのワークショップにも参加したということですが、綾川町との違いはどういうところで感じましたか。

――琴平町での話し合いに参加した時は、綾川町とはまたやり方が違っていて、すごく勉強になりました。琴平町の時は、みんなが円になって座り、「こういうイベントがやりたい」という意見をそれぞれ紙に書いて、他の人に伝えます。意見を聞いた他の人は、興味のある人のところにいき、話を聞く、というやり方でした。歌舞伎役者さんの手形をいただいて飾る、余った土地を公園にする、金比羅街道を購入した会社から、どういったものを建てるか、などの意見があげられました。こちらでも最近の若者事情について聞かれて、若者はフェイスブックやインスタグラムなどSNSでの写真映えなどを重視することを話しました。大人はお土産が第一優先になるとのことで、そこが盲点となっているようでした。琴平町はボランティアで参加していることもあって繋がりがあるため、より積極的に話し合いに参加しました。琴平町は観光をメインに話し合いをしていたので、観光学の授業と通じるものがありました。授業で学んだことを踏まえて、産地の野菜を活用したり、お土産よりも食べ物を用意した方がお客さんは来るのではないか、という話をしました。琴平町には歌舞伎座もあり、松竹の方もよく来られるため、外から人を呼ぶ素材があって、それをフルに利用しようという考えがありましたが、綾川町にはそれがなかったので、話し合いの内容が全く違いました。場所によってこんなにも違いがあるのか、と感じました。
 綾川町と琴平町では会議のやり方が全然違っていたので戸惑いもあったんですけど、新しい考えを知ることができて、どちらも楽しかったです。

地域での活動に参加して、何か変化はありましたか。

――観光学メジャーでずっと先生から言われていたのは、「外から人を呼べるようなものを作りなさい」ということでした。琴平町の歌舞伎のボランティアの際は、金比羅が観光地のため、外からという意識が強かったです。そのため、綾川町の「内側からの意識」は新しい考え方で衝撃を受けました。今までは、外からだと意識していて「中から変えていく」という発想がなかったので、新しい発想に触れて視野が広がりました。実際に参加してみないと気づけないことが多くありました。話し合いに参加して感じたのは、みんないろんな考え方があって、綾川町を発展させるための意見一つにしても、仕事柄や、住んでいる方の考え方だけでも違い、観光学だけじゃないなと感じました。色んな意見が聞けて、楽しかったです。学生でこんな経験はなかなかできないと思うので、参加できてよかったです。

今回の地域活動の経験を通して、もし四国学院大学をPRするとしたら、どういう点を宣伝しますか。

――施設でいえば、広い芝生です。4年間ずっといて思ったのは、メジャー制度なので学部学科関係なく仲良くなれるところです。色んな人と仲良くなれて、学部学科の壁が存在しないので、そこはけっこう嬉しいです。他大学の友達に聞いたら、学部によって人との関わりも隔離されてしまう部分があるようなので、それだったら四国学院大学の方が自由で広々としていてのんびりできるかなと思います。観光学メジャーとして推したいのは、金比羅ボランティアができることです!

これからの将来にどう活かしていきたいですか。

――もし公務員になって観光課で働くとか、旅行会社で働く、となれば、私はすでに地域の方の意見を知っているので、発信していけると思います。今は幅広く就職活動をしているんですが、観光が関係ない職種でも、観光に関わりたいという気持ちがあります。将来的に、自分も観光とは言わずに何かできることはないかなと考えています。もし香川に就職したとしたら、歌舞伎のボランティアは続けていきたいと思っています。

地域での活動やボランティアに興味がある後輩へアドバイスやメッセージがあればお願いします。

木内芽衣香さん
――参加できる機会があれば、じゃんじゃんやるべきだと思います。私も、好奇心から全部やってきたんですけど、やって後悔したことはありません。それに、やったことで身になることもありますし、アルバイトとかでは経験できない、お客さんとの関わりやコミュニケーションが身につきました。観光学としてボランティアに行くので、観光としてこれはどういうことなんだろうと自分から考えるようになりますし、身近にスタッフさんがいるので話を聞かせてもらって、すぐに学ぶことができます。絶対経験すべきだと思います。それぞれの場所によってやり方や考え方は違っているので、地域で実際の現場を見ることで授業で学んだ知識だけに偏らずに広い視野を持つことができます。チャレンジが大事ですよ!

『人前に立つこと』

文学部 英語メジャー 2016年度卒業 中西晟也 くん
活動内容:『君と100回目の恋』エキストラ参加/きみともキャンディ主演ショートムービー『#24』出演

参加しようと思ったきっかけは何ですか。(『君と100回目の恋』)

――職員の方から軽音学部の部員にエキストラのお話をいただいて、興味があったので参加しました。元々テレビが好きだったので、出られるなら是非出たい!と思いました。

具体的にエキストラとしてどんなことをしましたか。(『君と100回目の恋』)


――撮影は3日間ありました。初日にエキストラ全員が集まって、助監督の方から説明を受けてそれぞれの撮影に割り振られました。軽音楽部からのエキストラは10人くらいいて、何度も同じ場所を歩いたりしていました。エキストラには台本がなかったので、どういう状況なのかは分からないままに撮影が進んでいきました。演技についてはあまり考えたりせず、ただただ指示されるままに歩いたりしていました。軽音学部の部室では、バンドの練習風景を撮影する時に僕たちが後輩として端で盛り上げているシーンを撮りました。楽器を持っている人がいて、僕はその演奏している先輩たちをカメラで撮影したり、タンバリンを持って盛り上げたりする役でした。このシーンの時は、こういう風にやって、つつき合いもあって、とか監督からの指示がありました。エキストラとして参加して、いつもとはまた違った大学の雰囲気を味わえて楽しかったです。

印象に残っていることはありますか。(『君と100回目の恋』)

――撮影中はすごく緊迫していて、カメラには入らなくても、役者さんの視界の方向には立つな、立つならカメラ方向に立て、ということを言われました。それは、役者の視界がズレたり、気が散ったりするからだそうです。撮影中、監督と話すことは少なかったんですけど、スタッフさんたちが部屋の配置とか機材を動かしている時に監督がずっとiPadを見てたんです。その時たまたま僕が近くにいて、ふいに「遊んでるように見えるやろ?これでも真面目に仕事してるんで」と話しかけられたことがありました。監督は面白い方で、時々こんな風に話してくれました。

『君と100回目の恋』の撮影に参加してみてどうでしたか。

――役者さんと話すのは駄目だと言われていたので直接話したりすることはできなかったんですけど、最後に監督からエキストラの代表として僕を紹介してくれました。役者さんやスタッフさんの前だったのですごく緊張してたんですけど、主演の坂口健太郎さんが「ヒューヒュー!」と場を盛り上げてくれました。主演の坂口健太郎さんとmiwaさんを実際に見ることができて嬉しかったです。

参加しようと思ったきっかけは何ですか。(きみともキャンディ主演ショートムービー『#24』)

――制作の踏み込みTV(株式会社インペックス)で働いている子が同級生にいて、高校生役が欲しいという話が僕のところまで回ってきました。その子から「撮影があって、男子高校生の役だけどどう?」と聞かれて、自分でよければと出演を決めました。はじめに演劇部の先輩がいるよ、とは聞いていたんですが、現場に行ってみて、同じ軽音楽部に所属していた先輩の藤原薫さん(本学演劇コース卒業生)がいたのには驚きました。先輩も僕が行くまで知らなかったみたいで、すごい偶然だなと思いました。

ショートムービー『#24』の撮影はどうでしたか。

――僕は、演劇部部員役として『#24』に出演しました。僕は演劇コースではないので、演技をするのは今回が初めてで、とてもドキドキしました。他の撮影を知らないんですけど、けっこう本格的でした。カメラマンさんのカメラの上に大きいモニターがついていて、それでずっと撮影していて、すぐにどんな映像かも確認できるようになっていました。何度も同じシーンを違う角度から撮っていたので、同じ台詞を何度も同じトーンで喋らないといけませんでした。藤原先輩との刀を使った殺陣のシーンも、何度も撮り直しがあって、同じ動きをするのは大変でしたが、面白かったです。それに、香川県を拠点として活動しているアイドルグループ「きみともキャンディ」と共演できたということも良かったと思います。

演技初挑戦ということですが、どうでしたか。(きみともキャンディ主演ショートムービー『#24』)

――シナリオをもらって、監督からこういう役作りでよろしく、ということを言われました。相手を睨むシーンでは、監督に「目つきを大事にして」と言われていたんですけど、普段人を睨んだことがないので難しかったです。もっときつく、と言われて何回か睨んではみたんですけど、なかなか睨めなかったです。目の演技は大変でしたが、本番になるとその場の雰囲気もあって、自分の中に役が降りて体が動く感覚がありました。完成した映像を見て、自分が面白かったです。自分で自分を見ることがないので、こんな感じで自分が演技してたのか、と不思議な感覚でした。

2つの映像作品に参加してみてどうでしたか。

――実は、テレビや映像に出演するは初めてではないんです。初めてのテレビ出演は、毎月第三土曜日の夜に放送しているKSB瀬戸内海放送の「報・動・力」でした。岡山のテレビスタジオで、アナウンサー、キャスター、水道橋博士がいて、僕は数十人の学生の一人としてひな壇に座っていました。最近の学生の恋がテーマだったんですけど、急に振られるコメントを自分で考えて答えなければいけなかったので、とても緊張しました。こういう経験もあって、今回の『君と100回目の恋』『#24』で、カメラの前に立つこと自体には抵抗もなく、あまり緊張しませんでした。それに、「報・動・力」の時のように自分でコメントを考えなくても、決められた台詞を喋ったり、台詞にあわせたアクションや演技を表現すればよかったので、楽しくできました。

何か新しい発見や学びはありましたか。

――テレビや映像関係のスタッフの方は、グイグイ話しかけても全部答えてくれました。遠慮しなくてもいいんだな、ということを学びました。逆にこっちが黙っているとスタッフの方も黙ってますし、話しかけたらどんどん話が弾む方たちばかりでした。

今回の経験を将来にどう活かしていきたいですか。

――人前に立つことに元々抵抗はなかったのですが、今回映像作品に参加したことで、さらに度胸がつきました。また、自分からスタッフの方に話しかける機会も多くあったので、年齢層や立場が違う人とも積極的にコミュニケーションがとれるようになりました。就職したら、人前で話さなければいけない場面や様々な立場の方と関わる場面が増えてくると思います。そういう場面で今回の経験を活かしていきたいと思います。

今回のような話があった時、参加を考えている後輩へのアドバイスがあればお願いします。

中西晟也くん
――ビビらなくてもいいと思います。自分から引いたりせずに、こうしたい!というのがあればそれを意見に出してやってみればいいと思います。興味があってもなくても、やってみると良いことがあるかもしれません。僕が無理矢理に引っ張って『君と100回目の恋』のエキストラに出演させた後輩は、miwaさんが好きで、別のシーンでmiwaさんと撮影が近くであって、待ち時間に本人に好きな曲のサビを歌ってもらったそうです。後輩は乗り気ではなかったですけど、現場に来てみたら良いことがありました。
人に引っ張られてでもやってみると良いことがある時もあるので、色々とチャレンジしてみてください。


『君と100回目の恋』公式サイト
 ・本学ロケ地について

きみともキャンディ主演ショートムービー『#24』

『将来を考えるきっかけに』

文学部 学校教育メジャー 2017年度卒業 古枝愛未さん
活動内容:女子学生による私の未来発見事業

参加しようと思ったきっかけは何ですか。

――私がピア・リーダーやリーダーシップ会議の活動をしている関係で、総合教育研究センターの方から「女子学生による私の未来発見事業」のお話をいただきました。正直、最初はあまり興味がなかったんですけど、メンバーを集めはじめて、どういうことをするのかを明確に考えるようになってからは、これは将来も使える!とどんどんやる気が出て来て、参加しようと決めました。

事前準備はどんなことをしましたか。

――本格的に活動し始めたのは8月の夏休みだったんですけど、それまでにどういう風に進めていくのかをみんなで話し合いました。動画を作成したり、編集したりすることがみんな初めてだったので、総合教育研究センターの方に相談したりしていました。事前説明会では、お手本となる動画などを見せてもらったり、機材の使い方を教えてもらったり、動画の編集方法やシナリオ構成の考え方などの説明がありました。申込みをする段階で誰を取材するのかを決めていたので、説明会に参加してより具体的に「ここはこうしよう」というイメージができました。

木戸亜耶さん(フリーアナウンサー)を取材しようと思ったのは何故ですか。

――メンバーのほとんどがピア・リーダーをしていて、オリエンテーションなどで木戸さんにお世話になっているので、みんなで木戸さんにしようと決めました。それに、木戸さんについてネットで検索してみると、イベントのMCだけではなくて、瀬戸内国際芸術祭で男木島のカフェをプロデュースしていたり、「さぬき讃フルーツ大使」に任命されていたりと、色々な方面で活動をされていたので、取材してみたいと思いました。

チーム名「ペリドット」はどのように決めたのですか。

――はじめ、チーム名が全然決まらなくて、遊びでメンバーの誕生石を調べていたのがきっかけです。ちょうど活動していた8月が、取材対象者の木戸さんのお子さんの出産予定日でもありました。調べてみると、8月の誕生石は「ペリドット」で、名前も可愛いし、宝石の持つ意味が幸福や希望、夫婦の愛などで前向きなもので、木戸さんへの取材内容とも合っていたので、チーム名を「ペリドット」に決めました。

実際に木戸亜耶さんにインタビューしてみてどうでしたか。

古枝愛未さん
――自分たちの将来のことを考えて、大学で学んだことがどう活かされたのかということと、女性が社会に出ていく中で厳しいことや乗り越えたことをテーマに取材していきました。
取材の時は、木戸さんが臨機応変に対応してくださって、本当に助かりました。ちょうど撮影の時期が学祭やサークル活動等で忙しく、なかなかみんなが集まれなくて、木戸さんの方が私たちに時間を合わせてくださって、申し訳なかったんですけど本当に有り難かったです。それに、取材する私たちの方が緊張してしまってたんですけど、木戸さんの方から話しかけてくださって、緊張をほぐしてくれました。実際に木戸さんが仕事をしているところも密着させていただいたんですけど、取材している時の表情とお仕事をされている時の表情が全然違っていて、切り替えがしっかりできている大人の女性だなと感じました。仕事をされている時も、インタビューで話してくれている時も、木戸さんの笑顔がすごく純粋で、とても印象的でした。純粋に仕事や人生を楽しんでいるからこそ出てくる笑顔なんだと思います。木戸さんは、仕事を続ける上で周りの人の協力は大事だけど、自分の思いを伝えることと、人から協力されるためにまずは自分が協力することが大事だと言っていて、私にはそれができているのだろうかと胸に響きました。

女性が輝ける社会について、どんな思いを持ちましたか。

――諦めないで欲しい、と強く思いました。女性は仕事もして家事もして子育てもして、男性は仕事、というイメージが強いです。まだ社会全体にそういうイメージがあるんじゃないかな、と私は思っていて、それを女性自身が「女だから・・・」と諦めないで欲しいと思いました。今回取材した木戸さんは、諦めずに自分のやりたいことをやっているからこそ輝いているんだと思います。そのためにはやはり周りの支えも必要です。木戸さんの旦那さんは、子育てに協力的で、お子さんを連れてきてくれた取材の日も旦那さんが一緒に来てミルクをあげたりしていました。インタビューの中で、木戸さんがベビーカーを押している時に見ず知らずの人がドアを開けてくれた、という話があって、それってすごく大事なことだなぁと感じました。今は人が社会の中で孤立しているというか、核家族が増えていることもあって、個々に存在している感じがして、そういう社会の中で人と人との思いやりや支えは大事だなと思います。そして、理解することと、理解されることも大事だと思いました。

今回の経験を通して、新しい発見や学びはありましたか。

――私はピア・リーダーをしているんですけど、今回「女子学生による私の未来発見事業」に参加して、人との関わりやコミュニケーションが今まで以上に大事だなと感じるようになりました。今は学生だから同年代の人たちと友達だったり先輩後輩だったりで簡単に人間関係を作れるのかな、と思うんですけど、社会に出ると同年代の人だけではないので自分からコミュニケーションを取っていかなければいけないなとすごく感じました。人との関わりを作ることが必要だなと思いました。

将来、どんな女性になりたいと思いましたか。

――私が目指しているものは教師なので、将来どんな女性になりたいかは考えたことがありませんでした。教師をしている先輩にはやっぱり憧れがすごくあって、大変な仕事だということも聞いているので不安な面もあるんですけど、頑張りたいと思っています。今回は女性がテーマだったんですけど、女性ができることを活かしながらも、性別に囚われないで負けずにいたいです。教育実習に行った時に指導担当してくれた先生が、小学校6年生の時の担任の先生でした。女性の先生なんですけど、お母さんみたいな存在で、どんな些細なことでも真剣に話を聞いてくれて、私もそういう先生になりたいと思いました。
木戸さんや憧れの先生、他のチームが取材していた女性の方の姿を見ていて、私も自分から進んで出て行って、女性としての誇りを持ちたいなと思いました。

今回のような活動に興味がある後輩へアドバイスやメッセージがあればお願いします。

古枝愛未さん
――是非、やって欲しいです。社会に出てからどういう方面にいくかはそれぞれなので分からないですけど、自由に自分がやりたいことをできるのは大学生の今だと思います。高校までは決められたカリキュラムの中で、敷かれたレールの上を走っているような感じですけど、大学生になるといっきに自由になります。その自由な時間を有効に使って欲しいです。今、何でも経験しておいたら将来につながるだろう、と私も様々な活動をしています。後悔することもありますけど、とりあえずやってみる、行動することが大事だと思います。


「女子学生による私の未来発見事業」
女子学生が自身の手本となる県内で活躍している女性を取材した動画を作成するとともに、その動画の活用を通して、女性の意識を改革し、あらゆる分野における女性の活躍を促進することを目的とした事業。
「こんな女性になりたい!」「こういう生き方に憧れるわ!」と思える女性を取材し、5分間のインタビュー動画を作成。
チーム名:ペリドット
取材対象者:フリーアナウンサー 木戸亜耶さん(2008年3月本学カルチュラル・マネジメント学科卒業)
・ 2017年11月23日(水・祝)に作品発表会が開催され、本学学生による動画は佳作。

「かがわ女性の輝き応援団」
インタビュー動画公開中。
香川県政策部男女参画・県民活動課

『現場に入って見えたもの』

文学部 学校教育メジャー 2017年度卒業 松岡恭平くん
活動内容:土曜授業応援隊
活動場所:市内小学校

土曜授業応援隊を始めたきっかけは何ですか。

――元々、大学側から教師を目指しているならやった方がいいということもあり、2年生の時に放課後授業応援隊をやっていました。放課後授業応援隊では、平日の学校が終わった後にその日の復習を毎週行っていたんですが、今年に入って予定が合わなくなったので、月1回の活動で良い土曜授業応援隊を始めました。

具体的にどこでどんなことをしていますか。

――土曜授業応援隊では善通寺市立南部小学校に、県のボランティアでは善通寺市立東部小学校に行かせてもらっています。今は担任の先生だけでは対応が難しい子どもたちもいて、学校側も人を求めています。そういう中で、僕たちが困っている子たちに声をかけたりして、クラスの中に入っていきます。喧嘩をする子どもたちもいるので、仲裁に入ったこともあります。やっぱり、子どもたちと関わる、というのが一番大きいです。土曜授業は、土曜日で習い事とかがあって来れない子も多いので、授業というより一週間の振り返りなどの復習をしています。そういうこともあって、今年から、土曜授業ではなく、土曜学習に名前が変わったようです。県のボランティアの方は復習ではなく普通に授業があって、そこに僕が入っていくかたちになります。集中しない子やつまずいたりしている子もいるので、そういう子たちに声をかけたりして、授業のサポートをしています。クラスごとに知的な遅れはなくても、発達障害や注意欠陥がある子たちもいるので、授業は数人体制で進められています。先生方も話を聞いてくれたり、声をかけてくれたりするので、とてもやりやすいです。

実際にやってみてどうですか。

――生の現場に入って、今の子どもたちと関われるということはすごく貴重だし、僕たちが小学生の頃とは全然違うので、その現場に関われて、実際に感じることができるのも貴重な経験だと思います。僕たちの頃と違うなと感じたのは、iPadやタブレットを使った授業があることです。それに、子ども自体も時代の流れからか色々と難しい子が増えているように感じました。
やりがいを感じるのは、勉強を教えてつまずいているところが分かってくれたり、喜んでくれたり、一緒に遊んで楽しんでくれる時です。教育実習では、はじめて自分で授業をしたりもしたんですけど、準備がすごく大変でした。それでも、寝る時間を削ってでも頑張ろう、いいものを作ろうと思えたのは、子どもたちがいたからです。子どもたちに分かってもらいたい、少しでも楽しく勉強してもらいたい、いろんなことを学んでもらいたいという思いがあったので、自分が無理してでも頑張ることができました。
教育実習にしろ、土曜授業応援隊やボランティアにしろ、やっぱり現場で関わることができる、ということがやりがいを見いだす良い機会になっています。

土曜授業応援隊と教育実習で関連する部分はありましたか。

松岡恭平くん――土曜授業応援隊では4年生以上、教育実習では2年生を担当したので、学年は違うんですけど、土曜授業で子どもたちと関わってきたことは教育実習でも活かすことができました。一人ひとりのことを考えて関わり方と変えたりとか、そういうことができるようになったと思います。教育実習は一ヶ月間毎日行っていて、土曜授業応援隊は月に一回で頻度が違います。だから、教育実習を終えて土曜授業応援隊に行くと、やはり子どもとの信頼関係が大事だなと改めて感じました。信頼関係は長く関わっていくうちに芽生えていくものだと思うので、土曜授業応援隊の時はどうしても距離感が難しいところもあります。それでも、土曜授業応援隊を始めて2年目になると、行くクラスや学年はバラバラでも、子どもたちも僕のことを覚えてくれて、少しずつ話を聞いてくれるようになっています。
教育実習の前に土曜授業応援隊をやっていたというのは、僕にとってとてもプラスになっています。土曜授業応援隊では、授業の進め方とかを生で見れるし、何より子どもたちへの声かけとかそういう細かい部分を見ることができて勉強になりました。子どもたちもみんな同じではなくて色んな子がいるということも分かったし、その中でみんなのことを理解していくことが必要だと分かりました。
教育実習でも自分が一人だけで授業を進めるのではなく、子どもを活かしながら授業を進めていくことが大事だと言われていたので、その準備段階として生の現場を見れていたことは教育実習にも活かせました。

これからの将来にどう活かしていきたいですか。

――これからの土曜授業応援隊でも、月1回なのであまり関われないんですが、少しでも多く子どもたちのことを知って、それぞれの違いを知った上で関わっていきたいです。
僕は、学校は塾のように点数を上げるための勉強を教える場所ではなく、社会のルールとか対人関係とかいろんなことを学ぶ場所だと思っていて、勉強よりもそういうことが重要だと思います。だから、僕は将来、本当の意味で子どもたちに寄り添えるような教師になりたいです。

今後、土曜授業応援隊などの活動を考えている後輩へのアドバイスやメッセージなどあればお願いします。

松岡恭平くん
――生の現場を見れて、中に自分が入っていけるいいチャンスだと思います。教師を目指している人、興味がある人でも、一回チャレンジしてみるのもいいかなと思います。僕は、やってよかったです。実際にやってみてやりがいを感じることができたら、大学の授業のモチベーションも上がっていきます。小学校の先生方から入ってくれてありがとう、と言われるんですが、逆にこちら側のメリットとしてそこで得たことを大学の授業で生かすことができ、意欲を高めることもできるのでそこが強みかなと思います。模擬授業をやっていて授業の進め方とかは知っているので、現場を見た時に自分だったらこうしよう、というのも見えてきます。大学での授業もすごく大事で、大学で勉強したことを今の現場と結びつかせることが重要です。大学にいるだけではイメージしにくい部分もあるし、モチベーションも上がらないと思うので、実際に自分が現場に入って見ることでモチベーションも高く保てる土曜授業応援隊の活動はおすすめしたいです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
土曜授業応援隊とは、善通寺市教育委員会からの依頼を受け、本学学生が市内8つの小学校で、毎週第3土曜日の午前中、4年生以上の児童へ学習補助を行うものです。