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『海外での貴重な体験』

社会学部 観光学メジャー 齋藤 彰仁 さん

香川県立三豊工業高等学校出身。
香川県農業協同組合内定。

大学で観光学メジャーを専攻し、台湾、マレーシア、フィリピン、シンガポール、海外4ヶ国を訪れた齋藤さんに、海外での貴重な体験を話していただきました。
齋藤さん(写真左から4人目)

※現在は新型コロナウイルスの影響により留学や海外研修を中止しています。

 

台湾を訪れたきっかけを教えてください。

――香川県主催の企画「もっと知りたい!台湾ローカル旅」へ応募し、選ばれたことがきっかけです。この企画は、チャイナエアラインの高松/台北線を利用して台湾へ行き、大学生モニターとして台湾の魅力を発信するものです。大学で観光学メジャーを専攻している友人4人で3泊4日の旅に出ました。帰国後は、地元情報誌である香川Komachi、NICETOWN香川に旅行記が掲載されました。幼い頃から、母の地元である鹿児島県へよく行っていたことから、旅行が好きでした。高校は工業高校でしたので、卒業後は就職する同級生がほとんどでしたが、僕は観光学を学びたかったので、四国学院大学へ進学しました。大学生活の中で、常にアンテナを張って、旅行や観光に関する情報収集をしています。

台湾ではどのようなことを体験しましたか?

――さまざまなことを体験したのですが、いちばん印象に残っているのは日月潭(にちげつたん)での観光です。日月潭は周囲が約33kmある台湾最大の湖で、自転車で湖を一周するコースに挑戦。自転車は湖の近くにあるレンタルショップで借ります。そこには、電気自動車や電気スクーターもあり、たくさんの種類の中から自分に合ったものを選ぶことができました。自転車は200元、500元、800元、1000元に分けられていて、2時間を過ぎるとどの自転車も1時間200元になっているようでした。台湾は右側通行で、慣れるまでに少し時間がかかりました。景色を楽しみながら回ろうと思っていたのですが、アップダウンのある道に体力を消耗してしまい、トレーニング並みにしんどかったです。途中で休んだり、寄り道をしたりして、3時間かけてなんとかゴールしました。1周した人には、写真を撮り、記念証を渡してくれます。また、台湾最強のパワースポットとして知られている阿里山(ありさん)に日の出を観にいきました。1日1往復、日の出を見るためだけに運行する電車があり、車内は観光客で満員でした。標高が高いので、早朝はかなり寒かったのですが、日の出が徐々に姿を現し、温かい光が差し込む光景に感動しました。そのあと、阿里山の森林をのんびり散策しました。
台湾の首都、台北では、夜市に行きました。夜市とは台湾各地で毎日開催されるナイトマーケットのことです。食事や買い物、露店でゲームをしたり、子どもから大人まで楽しめる場所です。物価が安いので、おなかいっぱい台湾グルメを楽しみました。日本との食文化の違いで驚いたのは、台湾にはみんなで一緒に乾杯するというルールがあまりないことです。何人か集まり始めたら、ビールや飲み物を飲み始め、自由に始まるのが一般的です。

海外での経験を通してどのようなことを学びましたか?

――大学4年間で台湾、マレーシア、フィリピン、シンガポールの4ヶ国へ行きました。特に、協定留学先のシリマン大学(フィリピン)で感じたことは、「積極的に関わることの大切さ」です。初めは、英語が全く通じず、消極的になっていましたが、バディ※がK-POPが好きだと聞き、それについて調べ、自分から話しかけるようにしました。自然とコミュニケーションもとれるようになり、片言ながら英語も通じるようになりました。僕の地元で有名なちょうさを紹介すると「Japanese festival!」と喜んでくれたことも嬉しかったです。フィリピンに行ってすぐのころは「自分の話す英語は正しいのか?伝わらなかったらどうしよう」と失敗を恐れてばかりでした。見当はずれの返事をしてしまった、相手の言っていることが分からない、など失敗はたくさんありましたが、すべてが勉強になりました。また、大学の授業で航空表の見方を勉強していたことが、とても役に立ちました。海外の航空表は日本のものとは全く違うので、事前に慣れておいて良かったです。
※バディ:日本人留学生が充実した留学生活を送るために学業や日常生活のサポートをする学生

将来の目標を教えてください。

――4月から香川県農業協同組合(JA香川)への就職が決まっています。JAは総合事業なので、さまざまな分野から地域貢献していきたいと思っています。観光学メジャーでの学びや海外での経験を活かし、地域の人たちの意見に耳を傾けられる人になりたいです。

後輩のみなさんへ

――英語ができないから留学はできないと考えている人も多いと思いますが、英語ができないからこそ留学するものだと思います。失敗して当たり前くらいの気持ちで、挑戦してほしいと思います。また、海外では、語学の習得と同時に、観光を楽しんだり、食文化に触れたり、そこでしかできない貴重な体験をたくさんしてほしいと思います。


海外研修プログラム

2020年度卒業式・修了式および2021年度入学式について

2020年度卒業生の皆様
2021年度入学予定の皆様
保護者・ご家族の皆様
関係者の皆様

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、2020年度卒業式・修了式および2021年度入学式を卒業生・修了生、新入生および学内関係者のみで挙行いたします。保護者・ご家族の皆様におかれましては、この日を心待ちにされていたことと存じますが、皆様の安全を最大限に考慮し、やむを得ず今回の決定に至りましたこと、何卒ご理解の程お願い申し上げます。
なお、今後の新型コロナウイルス感染症の状況等により内容に変更が生じる場合があります。その際は、ホームページ等でお知らせいたします。

■2020年度卒業式・修了式
2021年3月12日(金)10:00~ 四国学院大学第一体育館

■2021年度入学式
2021年4月5日(月)10:00~ 四国学院大学第一体育館

 

演劇コースの卒業公演が瀬戸内海放送で紹介されました。

身体表現と舞台芸術マネジメント・メジャー8期生の卒業公演『あいまいな死よ来たれ』が瀬戸内海放送のニュースにて取り上げられました。コロナ禍を乗り越え、学生最後の舞台に立つ姿が紹介されています。

■KSB瀬戸内海放送
新型コロナ禍を乗り越え“学生最後の舞台”へ…25日から「卒業公演」四国学院大学・演劇コース

 

マグノリア学寮の竣工式を執り行いました。

2021年2月24日(水)、四国学院大学学生寮『マグノリア学寮』の竣工式を執り行いました。
マグノリア学寮は、大学キャンパス内に立地し、生活と学びが融合した場として、本学の建学の精神に沿った教育の重要な一環として位置づけられています。
また、学内だけにとどまらず、『マグノリア学寮』を地域社会との繋がりを強化するための拠点とし、学寮奨学生を中心に講演会やワークショップの実施などを予定しています。

マグノリア学寮について

『こどもたちを笑顔に!』

社会学部 健康・スポーツ科学メジャー 加藤 天 さん

香川県立丸亀城西高等学校出身。
リーフラス株式会社内定。

スポーツの楽しさを伝えたいという思いから、子ども向け体育教室でのアルバイトに励んだ4年間。その経験を活かし、スポーツインストラクターになる夢を叶えました。「スポーツを通して、子どもたちが笑顔になれるように」と話す加藤さんに、子どもたちとの交流の中で学んだことを話してもらいました。

 

子ども向け体育教室とはどのようなところですか?また、どのような活動をしていますか?

――なわとびやかけっこなどを通して運動を好きになるための教室です。主催は香川県運動推進協会で、週2回、香川県立丸亀競技場で実施しています。月曜日は幼稚園年長から小学2年生、水曜日は小学3年生から6年生までと、年齢別にクラスがあります。小学2年生までのクラスでは、この時期に必要な運動能力の基礎を作ります。小学3年生からのクラスでは、運動を好きになって、体育の授業が得意になるために活動しています。また、春は運動会に向けて走る練習、冬は縄跳びなど、体育の授業にあわせて、さまざまな競技にチャレンジします。運動が得意な子もいれば、運動は好きだけれど体育は苦手な子がいるように、子どもたちのレベルもさまざまです。私は、この体育教室で子どもたちに運動を教えるアルバイトをしています。私自身、幼いころからバスケットを続けていて、大学では健康・スポーツ科学メジャーを専攻しています。大学の授業以外でもスポーツに関わりたいと思い、片山教授からこのアルバイトを紹介していただきました。スポーツが好きな私にはぴったりです!

心に残っているエピソードを教えてください。

――小学2年生の男の子の話です。前飛びはできるけれど、何度練習してもあやとびができませんでした。なわとびが好きな子だったので、練習を休むことはありませんでしたが、「やりたくない」の一点張り。私はインストラクターという立場なので、声をかけたり、見本を見せたり、その子のために一生懸命になっていました。でも、どんなに言葉をかけても、見本を見せても、練習をしてくれませんでした。そのときに、大学の授業で学んだ「子どもは、楽しい!やってみたい!といった気持ちから運動をしたいと思うようになる」ということを思い出しました。その子の気持ちを考えていたか、その子の心に寄り添えていたか。自分なりに考えた結果、「褒めて伸ばす」ことにたどり着きました。前飛びを見せてもらい、とにかく褒めました。あやとびのことには触れず、できることを褒める。すると、その子は自分からあやとびの練習を始めるようになりました。その子をよく観察し、その子のペースに合わせた指導をするように心がけました。数日後、「先生!みて!」と嬉しそうにあやとびをする姿を見せてくれ、一緒になって喜びました。飛べるようになることも大切ですが、子どもが「楽しい」とか「やってみたい」と思える状態をつくることが、指導者の大切な役割だと実感しました。

指導することを通して学んだことを教えてください。

――まず、自分自身が楽しむことです。インストラクターという立場上、子どもたちの運動能力の向上にとらわれてしまいがちですが、いちばん大切なのは「スポーツの楽しさを教える」ことだと感じています。私自身、子どもの頃からバスケットを続けてきましたが、ときにはふざけたり、本気で笑ったり、楽しみを見つけながら成長していました。子どもたちにもスポーツを楽しみながら、心身の成長をさせてほしいと思います。また、私にとっては何気ない言葉でも、子どもにとっては良くも悪くも大きな影響を与えることになるかもしれないので、言葉には気を付けるようになりました。

 

 

後輩のみなさんへ

――自分の得意なこと、自分に合ったことを見つけてほしいです。私は、幼いころからスポーツを続けてきたので、大学では健康スポーツを学び、将来はスポーツ関係の仕事に就くことが自然な流れでした。やりたいことがあれば、それに向かって迷わず進んでください。もし、今、目標が見つからない人も、授業での学びや友達との交流から、自分に合ったことを見つけてほしいと思います。四国学院大学には、個性的でおもしろい先生がたくさんいるので、4年間できっと興味が持てる学びの分野が見つかるはずです。

サッカー部が全国大会2回戦で善戦しました。

1月9日(土)に大学サッカー全国大会『#atarimaeni CUP サッカーができる当たり前に、ありがとう!』の2回戦が行われ、順天堂大学と対戦しました。試合は2-2で延長戦に突入しましたが、決着がつかず、PK戦の末、2-2(PK:2-4)で惜敗しました。
今大会1回戦では、新潟医療福祉大学に勝利し、吉田源太郎(2年・四国学院大学香川西高等学校出身)がマン・オブ・ザ・マッチに選ばれるなど、選手全員が活躍を見せました。温かいご声援ありがとうございました。
ゲキサカに試合レポートが掲載されました。)

『自分を変えてくれたコーチとの出会い』


社会福祉学部 吉川愛莉
 さん

四国学院大学香川西高等学校出身。四国学院大学陸上競技部。

2020年度香川陸上競技選手権大会女子ハンマー投1位。
第46回中讃地区陸上競技大会女子ハンマー投1位。
天皇賜盃第89回日本学生陸上競技対校選手権大会女子ハンマー投10位。
第43回中国四国学生陸上競技選手権大会女子ハンマー投1位。
全国高等学校陸上競技大会2020 兼 U20 全国陸上競技大会女子ハンマー投3位。

跳躍競技からハンマー投への転向を決めた吉川さん。そこでのコーチとの出会いが吉川さんを大きく変えていくことに。4年間でどこまでいけるか、意気込みを語ってもらいました。

 

ハンマー投を始めたきっかけは?

――小学校では幅跳び、中学校では高跳びが専門でした。ハンマー競技に転向したのは、中学校のときに所属していたクラブチームのコーチから声をかけてもらったことがきっかけです。ご縁があり、元日本記録保持者の綾真澄さんに指導していただけることになり、転向を決めました。高校でも綾コーチの指導のもと、技術を磨きました。高校卒業後は、県外の大学で、いろいろな選手にもまれながら強くなろうと思っていました。でも、綾コーチを超える指導者はいないと思い、コーチのもとでハンマー投を続けられる四国学院大学へ進学しました。自宅から通え、大学近隣に陸上競技場もあり、とてもいい環境だと思います。四国学院大学陸上競技部は2019年度に指定課外活動団体として発足しました。それぞれの目標に向かって、成長を続けています。周りの部員たちから影響を受け、私もしなくてはと自分を奮い立たせています。現在は投げ込み練習を中心に、筋力アップのためのウエイトトレーニング、走り込みを欠かさず行っています。

いちばん印象に残っている大会を教えてください。

――2020年8月の天皇賜杯日本学生陸上選手権大会です。今年は、新型コロナウイルスの影響で、標準記録を突破した選手の中で全国から20位までが出場資格となっていました。大会前の香川県大会で標準記録をクリアし、全国大会に出場することができました。私は1投目、2投目…と回数が増えるごとに記録が伸びなくなるタイプなので、1投目から飛ばすつもりで投げました。結果は10位。大会前は調子が良く、本番でも気持ちをうまく持っていけたのに、結果を出せず、悔し涙を流しました。この悔しい気持ちが契機となり、さらに真剣にハンマー投と向き合うようになりました。結果が出なかった原因は調整不足だと感じています。ハンマー投は調整がとても大切な競技です。大会に向けて、追い込みをかけながらも、体を休ませ、最高のコンディションをつくっていきます。私は疲労が溜まりにくいタイプなので、しっかり追い込みをしていれば結果は違ってきたかもしれません。自分の体を知ることがいかに重要かを教えられた大会になりました。

綾コーチの指導を受けるようになって変わったことはありますか?

――「考えて投げる」ようになったと思います。ハンマー投を始めてすぐのころは、技術を身に付け、感覚で投げれば、順調に記録が伸びていました。でも、ある程度のレベルまではいけてもそれ以上は伸びないというスランプに陥りました。結果が出ないことへの焦りから、コーチの指導を聞かず、ただ、がむしゃらに練習をしていました。素直に指導を聞けないことを注意され、不貞腐れる。そんなことを繰り返していました。そのような状況でも、いつもと変わらず丁寧な指導をしてくれるコーチを見て、このままではいけないと思うようになりました。どうすれば飛ぶのか、何をすべきなのかを考えるようになり、「感覚で投げる」ハンマーから「考えて投げる」ハンマーへと変わっていったと感じています。考えて投げることで、徐々に指導も理解できるようになりました。
綾コーチは練習に関しては、とても厳しい人です。でも、投げ方がいつもと違うときや、不安な気持ちを抱えながら投げているときなど、少しの変化にすぐに気付いてくれ、的確なアドバイスをしてくれます。良い指導者に出会えたことは、本当に幸運なことだと感じています。

これからの目標を聞かせてください。

――大学4年間、本気でハンマー投に取り組もうと思っています。高校3年の夏、不完全燃焼だったインターハイ終了後に、このまま引退するのかどうか、とても悩みました。インターハイ前は、看護の道へすすむことを決めていましたが、どうしても諦めきれなかった私は、4年間だけという母との約束で、ハンマー投を続けています。4年後のことはあえて考えていません。先のことより、今できることを全力でやるだけです。そうすることで、新しい道が拓けると信じているからです。


■陸上競技部

■関連記事
・U20全国陸上競技大会にて入賞しました。(2020-10-26)
・陸上競技部が第43回中国四国学生陸上競技選手権大会で入賞しました。(2020-10-06)
・陸上競技部が2020年度香川陸上競技選手権大会で入賞しました。(2020-07-24)

『音のない世界での挑戦』

社会福祉学部 地域社会と福祉実践メジャー 田岡 大知 さん

徳島県立城西高等学校出身。四国学院大学硬式野球部。世界ろう野球選手権大会日本代表候補※。
※新型コロナウイルスの影響により、世界大会(2020年8月)は中止となりました。よって正式な日本代表選手は未決定ですが、田岡さんは代表選考基準をクリアしています。

高校卒業後、田岡さんが選んだのは大学で野球を続けることでした。大学野球を続けていく中で出会ったろう野球。いろいろなことに気付かされ、考えさせられながら見つけた新たな目標を話してくれました。

 

野球を始めたきっかけを教えてください。

――小学生のときに、先輩と一緒にキャッチボールをしていて、ボールを投げることが楽しくて、野球を始めました。父も野球をしていたので、自然と野球をするようになりました。小学校1年生までは、ろう学校に通っていましたが、野球部がなかったので、野球をするために、一般の学校へ転校しました。

野球をしてきた中で心に残っている出来事は?

――高校3年生の県総体で、当時ドラフト候補だった相手チームのピッチャーからヒットを打ったことです。延長10回、タイブレーク。4打席目、2カウントに追い込まれた状態から決勝タイムリーツーベースを放ちました。その結果、高校初の準優勝に貢献することができました。高校3年間で、一番うれしかった瞬間です。高校卒業後は就職するつもりでしたが、当時の野球部の監督に「高校野球で終わるのはもったいない。上を目指して大学で野球をしなさい。」と言われました。辞めると決めていましたが、野球をしていたから今の自分があるのに、ここで辞めたら何が残るのかと悩みました。両親も野球を続けることを応援してくれ、納得のいくまで続けようと決心しました。大学での野球は高校野球とは全く違います。大学では自主練習が基本なので、自分に足りないものは何かを理解し、それを伸ばすための練習メニューを考えます。高校までの「指導者の指示で動く」ことよりも、自主性に重点を置く野球になります。

ろう野球を始めたきっかけや、どのような競技なのかを教えてください。

――昨年、日本ろう野球協会の方から連絡をいただきました。ろう野球のことは全く知りませんでしたが、ろう野球経験者の中から、僕を見つけて、選んでくれたのだから、期待を裏切らないようにという気持ちで挑戦することにしました。3月の日本代表選考会に参加し、代表選考基準をクリアしました。今年の8月に韓国で世界大会が開催される予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で中止に。現在は、来年の世界大会に向けて練習に励んでいます。チームには、足が速い選手、キレのいい変化球を投げる選手がいて、レベルの高さを感じています。ろう硬式野球は聴覚障害のある人だけがプレーする競技で、硬式野球とルールは同じです。聴覚障害は個人差が大きく、全く聞こえない人、小さな音が聞こえない人、片耳だけが聞こえない人など症状はさまざまです。普通なら、野球は、声を出してプレーしますが、ろう野球では、声だけでは伝わらないので、手話、ジェスチャー、口話などを使います。でも、うまく聞き取れず、どのようにプレーするのか分からないときがあります。大切なのは、とにかく「コミュニケーションをとること」です。分からないときは、何度も何度も繰り返し聞いたり、全身でジェスチャーをしたり、伝えようという気持ちを前に出していきます。

野球を通して自分の成長を感じますか?

――野球も自分自身も成長したと実感するときが多いです。僕は人口内耳を外せば音は全く聞こえません。コミュニケーションがとれず、チームメートと喧嘩になったり、失敗が怖くて、思いっきりプレーができなくなったり…練習に身が入らない時期もありました。うまくいかないときは、障害を言い訳にしていたかもしれません。それでも僕が野球を辞めなかったのは「苦労するから成長するんだ。失敗から、いろいろなことに気づかされ、学ぶことができる。失敗するたびに成長する」という父の言葉があったからです。障害があっても野球が上手な人はたくさんいます。むしろ障害のない人よりできることもたくさんあります。僕が野球をすることで、それを証明しようと思っています。夢はろう野球の世界大会で優勝すること!今まで心配をかけてきた両親に野球で結果を残して恩返ししたいです。

 


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